表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第五章『静かな憧憬』
45/62

5-7 月下の並走


 空の半分が赤く染まり、もう半分が群青に濡れはじめていた。

 白い月が、ひっそりとその境目に浮かんでいる。


 通り沿いのガス灯が、ひとつ、またひとつと明かりを灯し始める。


 買い出しを終えたアウレリウスたちは、馬車の預かり場へ向かって歩いていた。


「アウル」


 セティに呼ばれて振り向くと、ちょうど裁定院からエドガーが出てくるところだった。


 彼はすぐには歩き出さず、誰かを待つように門の前に立っている。


 しばらくして、少年が姿を現した。


 元貧民街の子ども――ピップ。

 今はエドガーの後見のもと、裁定院で働いている。


 ピップはエドガーを見つけると、ぱっと顔を明るくして笑った。

 二人は自然に並び、歩き出す。


「月がまんまるですね。今日が満月かな」

「そうだね」


 同じ方向を向き、同じ空を見上げる。


 夕焼けの赤はゆっくりと夜に溶け、ガス灯の橙色が石畳に丸い光を落としていた。


 柔らかな風が、二人の髪を静かに撫でていく。


「ピップ、前に渡した本は、もう読んでしまった?」

「え? あ、はい……」

「じゃあ、新しい法学の本をあげる。ピップは勉強熱心だね」


 少年はエドガーを見上げ、そして視線を落とした。


「でも、いつも貰ってばかりで……」

「気にしなくていい」

「俺は……エドガーさんの負担になっていませんか?」


 エドガーは少しだけ立ち止まり、少年を見る。

 そして、くるくるとした髪を軽く撫でた。


「負担なわけないだろう?」


 ピップは小さく笑う。


「でも、やっぱり……時々、不安になってしまって……」


 エドガーは足を止め、両腕を広げた。

 そのまま、少年を静かに抱きしめる。


 言葉はなく、ただ背中をトントンと叩く。


「……エドガーさん」

「泣きたくなったら、いつでもおいで。

 僕が受け止めるから」


 ピップは彼の胸に顔を埋め、小さく頷いた。


「……はい」


 離れ際、エドガーはもう一度、そっと髪を撫でる。

 二人はまた並んで歩き出した。


 月明かりが、ぼんやりと二人を照らしている。

 とても静かで、夢の中を歩いているようだった。


 アウレリウスとセティは、荷物を抱えたまま、その光景を見つめていた。


「……僕たちも帰ろう、セティ」

「はい」

「手を繋ぎたいけど、今は荷物がいっぱいで無理だ」

「……そうですね」


 二人は小さく笑い合った。




 帰り道も、御者席には二人並んで座る。

 脇に掛けた小さなランプが揺れ、淡い光を落としていた。


 後部の二人掛けの客席は、今はすっかり荷物置き場だ。

 王都で買った食材が無造作に積まれ、揺れるたびに小さな音を立てる。


 馬車は石畳を抜け、森へ入り、平原へ出る。

 ランプの光より、月明かりのほうが明るかった。


 セティが一度だけ、王都の方を振り返る。


「また来ようね」

「はい」


 疎林を抜け、城の湖の匂いが近づいてくる。


 風が草原を波のように揺らし、月が落ちたかのように、地面が青白く光っていた。


 甘い、水の匂い。

 そして、石と黒鉄の門が見えてくる。


 アウレリウスは腕を伸ばし、セティを引き寄せる。

 その髪に、短くキスを落とした。


「帰ってきたね。僕たちのお城に」

「はい」

「今日は、いつもより長く王都にいた気がする」

「疲れましたか?」

「……少しだけ。セティは?」

「アウルとたくさん歩けて、楽しかったです」


 アウレリウスは、ほんの少しだけ笑った。


「……それは、僕もだよ」


 グレイブハル城は月光を浴び、

 夜の中に浮かぶように、静かに佇んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ