5-4 選ばれた一冊
カフェから出ると、エドガー達は裁定院の方へ戻っていった。
アウレリウスたちも紅茶を飲み終えた後、また並んで石畳を歩く。
「せっかくだし、本屋に寄っていこうか」
「はい」
うねった灰色の石畳の道。
途中にあった掲示板には、講義や討論会の案内など、たくさんの紙が重なっていた。
見上げた青い空は、少し灰色がかっている。
オルドンは今日も、淡い霧に包まれていた。
しばらく歩いていくと、石造りの二階建ての建物が見えてくる。
通りに面した大きなガラス窓の向こうには、新刊が積まれていた。
真鍮の取っ手の扉を開ける。
紙とインクと革装丁の匂い。
ページをめくる音と低い声の会話。
二人が歩き出すと、木の床に、足音がやや鈍く響いた。
大きな窓からの自然光が店内を柔らかく包み込んでいる。
アウレリウスは、はしご付きの天井まで届く背の高い木製棚を見上げた。
深い色味の背表紙がぎっしりと並んでいる。
すれ違う人が、ふと彼を振り返った。
その人はアウレリウスの見目に驚いたようだが、特に感嘆の声を漏らすこともなく、本に視線を戻す。
年配の男性の店主が、ちらりとアウレリウスを見たが、彼もまた、何も言わない。
ここでは、法務官が眉を寄せ、学生がメモを取り、作家志望が無言で立ち尽くす。
貴族も、貴族ではない人間も、知識の層の前では、誰もが探求者としての一個人にすぎないのだ。
セティが中央の大きな閲覧台の前に立つ。
新刊や話題作を一冊ずつ手に取って中身を眺めていた。
アウレリウスはそれを横目に、法学の書棚を覗きに行く。
裁定集がある場所。
棚に指を添わせ、一冊を引き抜く。革装丁のそれは、ずしりと重い。
ページを数頁めくり、また書棚に戻す。
セティは一通り、書店の中を見て回っているようだった。
いつの間にかその手には一冊の本がしっかりと握られている。
アウレリウスと目が合うと、セティはゆっくりと歩み寄ってきた。
「それに決めたの?」
声を潜めて話しかける。
「はい」
「じゃあ、買おう。僕は今回はいいや」
セティから本を受け取る。
アウレリウスがそのタイトルを見た途端、その目が少し泳いだ。
――〈触れられない指先〉……?
――恋愛小説?
セティは固まったアウレリウスから本を取り返す。
「買ってきます」
黒髪の少年はアウレリウスを置いてさっさと会計に向かった。
本屋を出て、また、歩く。
セティが横に並んだアウレリウスの横顔を見上げた。
「アウルは専門書しか見なかったんですか?」
「うん」
「他に欲しいものは?」
「うーん。城の書斎にたくさん本があるからなぁ」
「確かにそうですね」
二人の靴音が、リズムよく石畳を叩く。
「アウルは……夫人の本は、読まないですよね」
「夫人の蔵書は……手にしたことがないかも」
「アウルは、結構本の好みがはっきりしてます」
「……そう?」
「そうです」
アウレリウスの視線が、セティが持っている本に向いた。
セティは歩きながら、表紙をそっと撫でる。
「僕は見学にきた夫人たちから、たまに本や雑誌をもらうんです……」
「うん。前、そう言ってたね」
「この本の第一巻もいただいて面白かったので……。その、続きを……」
セティは伺うように、アウレリウスの顔を見た。
アウレリウスはきょとんと、それを見返す。
「恋愛ものです」
「……やっぱりそうなんだ。セティはそういうのが、好きなの?」
「……どうでしょうか」
首を傾げて、穏やかに見つめてくるアウレリウスの瞳を、セティは見つめ返した。
だが、そっと視線をそらす。
アウレリウスのいる方とは反対側の脇に、セティが本を抱える。空いた手を、アウレリウスはそっと握った。
「セティが好きなら、僕はもちろん、否定しないよ」
「……はい」
セティは握られた手をそっと、握り返す。
「自然公園に行こっか」
「はい」
馬車の音が、通りの向こうで遠ざかっていく。
二人は、言葉を交わさないまま、歩き続けた。




