5-3 穏やかな距離
〈ミルフォード・ティールーム〉。
法務官や大学の教員たちが訪れる、静かなカフェ。
法務官であるエドガーと、彼の専属調査官ルシアンは、窓際の席で向かい合って座っていた。
「終わってよかったな」
「そうだね」
エドガーはダージリンのカップを静かに持ち上げ、一口だけ口に含む。
彼の好きな、落ち着く香り。思考を整えるための、ささやかな合図のようなものだった。
「大きな案件だった」
「やりがいはあったでしょ?」
「お前はな。俺は相変わらず調べ直しの連続で、吐きそうだった」
エドガーが、軽やかに笑う。
「僕は今日は、一日のんびりするよ。書類の整理でもする」
「……俺はまだ報告書が残ってる」
「ご愁傷さま」
「終わったらスピリッツを持って、お前の下宿先に押しかける」
「あはは。今日は早く寝る。勘弁して」
ルシアンは片眉を上げてエドガーを見ると、小さく笑った。
それからしばらく、二人は何も話さない。
ルシアンはアッサムティーにたっぷりとミルクを入れ、窓の外をぼんやりと眺める。
エドガーは脇に置いていた鞄から本を取り出し、静かに読み始めた。
通りを過ぎていく馬車の音。
店内を包み込む、柔らかな金色の光。
花のように立ち上る紅茶の香り。
思考と安らぎのための、静かな時間。
「一口食べるか。――“有名なレモンケーキ”。うまいぞ。有名なだけある」
「僕はいらない」
「甘いもの、苦手なんだっけ」
「……そう」
「そうだったな」
それだけで会話は途切れる。
だが、沈黙は重くない。
別々のことをしていても、そこにある空気は心地よかった。
「そういえば、軍務卿の息子――アドリアン卿の婚約が整ったらしい」
エドガーが、小さく切り出す。
「そいつは良かったな」
「うん」
「あの婚約破棄の裁定は、大変だったもんな」
「うん」
「彼は、良い青年だった」
「そうなんだ。……幸せになってほしい」
エドガーが穏やかに小さく笑むと、ルシアンもまた、ふっと口元を緩めた。
アウレリウスはテーブルに肘をつき、顎を支えながら、エドガーとルシアンを静かに見ていた。
「二人は、仲良しなんだね」
「はい」
「王都にはよく来るけど、カフェにいる紳士たちはだいたい、お金と女性と自慢話が好きだよね」
「そうですね」
「でも、彼がそういう話をしているところは、想像できないな」
「……しないと思います」
アウレリウスはセティを見て、首を傾げる。
「……バーに行けば違うのかな。彼は大人だし、きっと行くでしょ?」
「きっと、アウルが好きな彼は、しませんよ。そういう話は」
セティは黒髪のエドガーをちらりと見てから、アウレリウスをまっすぐに見た。
アウレリウスは、ふわりと笑う。
「そっか。……そうだね。彼だもん」
「はい」
エドガーとルシアンは、たまにぽつぽつと言葉を交わすだけで、ほとんど静かに過ごしていた。
アウレリウスとセティは、それを見て、自然と微笑み合う。
王都には、色々な人がいる。
けれど、彼らは今日も――
綺麗で、穏やかだった。




