5-2 静かな憧憬
王都オルドン、 セント・ブリッジ区。
石畳とガス灯の並木がある、格式と静けさが支配する白亜の行政街。
アウレリウスが、小説のモデルにしているエドガー・レイブンズが働く裁定院も、この区画にある。
白い石畳。
アウレリウスのブーツの音がわずかに返った。
並んだプラタナスのまだ若い葉が、わずかに霧に揺れ、一枚だけ落ちてくる。
セティが手を伸ばすが、それは手のひらを避けるように、地面にそっと落ちていった。
二人は言葉も交わさず、並んで歩く。
この区画では、言葉の少なさが自然だった。
白亜の尖塔、王立裁定院。
わずかなざわめきが聞こえてきた。
その重厚な黒鉄の門の前に、二人は立つ。
昼の時間、門は開け放たれていた。
門兵が両脇に立っているが、アウレリウスたちにちらと視線を送っただけで、彼らは微動だにせずにそこに立ち続けている。
アウレリウスは隣に並んでいるセティを見た。
「入ってみたい」
セティは小さく頷き、二人は門をくぐる。
広い前庭を抜け、大きな深色の木の扉を押し開けた。
白亜の柱が並ぶ広い空間。
高いアーチ天井には、ガス灯のシャンデリアが吊り下げられている。
人が忙しなく行き交う。受付の窓口がいくつも並び、職員と訪れた人たちの声がさざめいていた。そしてそれは高い天井に吸い込まれていく。
裁定院は貴族間の契約紛争を裁定、調停する機関だ。
だから、そこにいるのはほとんどが貴族か、貴族の使い。
アウレリウスたちは市松模様の石床を踏み、並べられていたベンチから一つを選んで座った。
たくさんの人の声。
行き交う人々の足音。
「音がたくさんだね」
「はい」
二人はただ、その光景を眺めていた。
遠くで鐘がなる頃、一階の広間から続く木の階段から、人がちらほらと降りてきた。
上階には、聴取室や法務官室がある。
昼食のために、法務官や書記官たちが降りてきたのだろう。
アウレリウスの目が、ふと惹きつけられる。
階段を下ってきたのは、エドガー。隣には金髪の体格の良い男性がいる。
二人は並んで広間を抜け、裁定院を出ていく。
アウレリウスとセティは、彼らを追った。
プラタナスの通りを抜け、王立大学や法学館のある学院地区、ハートウェル区に入る。
格式の高いセント・ブリッジ区に比べると、石畳は灰色がかり、道も少し曲がっていた。
知識の街。思想のための、未完成の街。
視線の先、エドガー達がカフェに入っていった。
そこは、〈ミルフォード・ティールーム〉。日が柔らかく差し込み、温かな木の温もりのするカフェだった。
アウレリウスたちは顔を見合わせると、微笑み合い、彼らも入ってみることにした。
エドガーたちは窓際の席に座り、エドガーは姿勢正しく、金髪の男性は少し斜めに座って足を組む。
「僕はダージリンと、ブラウンブレッド」
「決めるの早いな。ちょっと待て」
「ここはレモンケーキが有名なんだ」
「じゃあ、レモンケーキとアッサムにする。お前はレモンケーキにしないのか?」
エドガーは小さく首を傾げるだけで返した。彼は甘いものが得意ではないのだ。
「ミルクもつけてくれ」
エドガー達はさっさと注文し終える。
アウレリウスたちも、彼らの近くの席に腰を下ろすと給仕の青年に差し出されたメニュー表を眺めた。
「僕は、彼と同じものにする。セティは?」
「……そうですね」
「甘いものにしてみたら? 城ではあまり食べないでしょ?」
「そうですね」
アウレリウスたちも注文を終えると、視線は斜め向かいのエドガーたちへ。
アウレリウスはつい、口元が緩んだ。
「彼の声をまともに聞いたのは、初めてかもしれない」
セティは給仕が運んできたレモンケーキにフォークを刺しながら頷く。
「自分のこと“僕”って言うんだね。僕たちと一緒だ」
「ケーキ一口食べますか?」
セティがフォークに一口分を刺してアウレリウスに差し出すと、彼はそのままパクリと食べた。
「美味しい」
「はい」
「彼は、低くて落ち着いた声だね」
「はい。アウルの声も、柔らかくて落ち着いた声です」
アウレリウスは静かに笑った。
大きな窓から差し込む柔らかい光。
あまり天井が高くなく、ほっと落ち着くような場所。
エドガーたちと同じように、アウレリウスたちも静かに、紅茶を飲んだ。




