5-1 境界へ向かう道
アルストリア王国、王都オルドンのすぐ近く。
湖のほとりに、古いグレイブハル城がある。
静かで、美しくて、
――どこか不思議な城。
ここには、美しい青年と少年が暮らしている。
彼らは、錬金術が遺したホムンクルス。
だが、それを知る者は、この世界には誰もいない。
―――
穏やかな陽気だった。
一頭立ての馬車が、緩やかに石畳を叩いている。
御者席にはアウレリウスとセティが並んで座り、アウレリウスが手綱を取り、セティはその先に広がる景色を眺めていた。
丘を越え、石と黒鉄の外門をくぐる。
やがて石畳は途切れ、見渡す限りの草原が広がった。
吹き抜ける風が、二人の髪を撫でていく。
アウレリウスは飛ばされそうになった帽子を押さえ、くすりと笑った。
帽子を外し、セティに差し出す。
セティはそれを両手で受け取り、大切そうに膝の上に置いた。
遠くから、汽笛の音が響く。
二人が目を凝らすと、黒い汽車が草原の向こうを走り抜けていくところだった。
「王都へ戻ってきた汽車かな」
「どこから来たんでしょう」
「さあ、どこだろうね」
かすかな煙の匂い。
灰色の筋が、ゆっくりと空に溶けていった。
風が、いくつも通り過ぎていく。
土と草の匂い。
まだ、わずかに湖の匂いも混じっている。
アウレリウスは目を細め、やさしい陽射しを受けた。
「今日は暖かいね」
「はい」
「茶色い子も、嬉しそうだ」
「……茶色い子?」
二人は顔を見合わせる。
アウレリウスは片手で、前を歩く馬を示した。
「……馬のことですか?」
「そう」
「僕はこの子のこと、リルと呼んでいます。
城で留守番している子は、リラです」
「リルと、リラ?」
アウレリウスは、リルを見た。
歩くたび、耳と黒いたてがみが揺れている。
「アウルは、いつも馬の世話をしていますけど……名前はつけていないんですか?」
「つけてるよ」
「なんて?」
「“鼻筋の茶色い子”と、“鼻筋の白い子”」
セティは、ほんの少し目を見開いた。
「……それが、名前ですか?」
「うん。それが名前」
「……そうですか」
セティは空を見上げた。
雲一つない、澄みきった青空だった。
草原を抜けると、木々がまばらに生えた疎林に入る。
二人をずっと追いかけてきていた城の湖の匂いは、この辺りで途切れた。
さらに進むと、また平原に出る。
最初の草原よりも土が露出し、かつての戦の痕跡が、今も静かに残る場所だ。
やがて、遠くに街並みが見え始める。
土の馬車道は緩やかに続き、次第に森へと入っていった。
人の手で丁寧に守られた森。
道は固められ、揺れは少ない。
木漏れ日が、二人の頬をゆらゆらと揺らす。
小さな気配に、アウレリウスが顔を上げた。
リスが何匹か、木々の間を駆け抜けていく。
「セティ、リスがいたよ」
「どこに?」
「右手の方。でも、もう逃げちゃった」
「アウルは見られたんですね。良かったですね」
「うん」
森を抜けると、道は再び石畳になる。
馬車の音が、はっきりと変わった。
ぼんやりとした霧が、二人を包み込む。
向こうには、王都の尖塔が見える。
石畳を辿れば、家が増え、店が並び、市場を抜け、やがて中心街へと入っていく。
グレイブハル城の二人は、今日も、
王都オルドンへ散歩に来ていた。




