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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第五章『静かな憧憬』
39/62

5-1 境界へ向かう道


 アルストリア王国、王都オルドンのすぐ近く。

 湖のほとりに、古いグレイブハル城がある。


 静かで、美しくて、

 ――どこか不思議な城。


 ここには、美しい青年と少年が暮らしている。

 彼らは、錬金術が遺したホムンクルス。


 だが、それを知る者は、この世界には誰もいない。


―――


 穏やかな陽気だった。


 一頭立ての馬車が、緩やかに石畳を叩いている。


 御者席にはアウレリウスとセティが並んで座り、アウレリウスが手綱を取り、セティはその先に広がる景色を眺めていた。


 丘を越え、石と黒鉄の外門をくぐる。


 やがて石畳は途切れ、見渡す限りの草原が広がった。

 吹き抜ける風が、二人の髪を撫でていく。


 アウレリウスは飛ばされそうになった帽子を押さえ、くすりと笑った。

 帽子を外し、セティに差し出す。

 セティはそれを両手で受け取り、大切そうに膝の上に置いた。


 遠くから、汽笛の音が響く。


 二人が目を凝らすと、黒い汽車が草原の向こうを走り抜けていくところだった。


「王都へ戻ってきた汽車かな」

「どこから来たんでしょう」

「さあ、どこだろうね」


 かすかな煙の匂い。

 灰色の筋が、ゆっくりと空に溶けていった。


 風が、いくつも通り過ぎていく。

 土と草の匂い。

 まだ、わずかに湖の匂いも混じっている。


 アウレリウスは目を細め、やさしい陽射しを受けた。


「今日は暖かいね」

「はい」

「茶色い子も、嬉しそうだ」

「……茶色い子?」


 二人は顔を見合わせる。

 アウレリウスは片手で、前を歩く馬を示した。


「……馬のことですか?」

「そう」

「僕はこの子のこと、リルと呼んでいます。

 城で留守番している子は、リラです」

「リルと、リラ?」


 アウレリウスは、リルを見た。

 歩くたび、耳と黒いたてがみが揺れている。


「アウルは、いつも馬の世話をしていますけど……名前はつけていないんですか?」

「つけてるよ」

「なんて?」

「“鼻筋の茶色い子”と、“鼻筋の白い子”」


 セティは、ほんの少し目を見開いた。


「……それが、名前ですか?」

「うん。それが名前」

「……そうですか」


 セティは空を見上げた。

 雲一つない、澄みきった青空だった。


 草原を抜けると、木々がまばらに生えた疎林に入る。

 二人をずっと追いかけてきていた城の湖の匂いは、この辺りで途切れた。


 さらに進むと、また平原に出る。


 最初の草原よりも土が露出し、かつての戦の痕跡が、今も静かに残る場所だ。


 やがて、遠くに街並みが見え始める。


 土の馬車道は緩やかに続き、次第に森へと入っていった。

 人の手で丁寧に守られた森。

 道は固められ、揺れは少ない。


 木漏れ日が、二人の頬をゆらゆらと揺らす。


 小さな気配に、アウレリウスが顔を上げた。

 リスが何匹か、木々の間を駆け抜けていく。


「セティ、リスがいたよ」

「どこに?」

「右手の方。でも、もう逃げちゃった」

「アウルは見られたんですね。良かったですね」

「うん」


 森を抜けると、道は再び石畳になる。

 馬車の音が、はっきりと変わった。


 ぼんやりとした霧が、二人を包み込む。


 向こうには、王都の尖塔が見える。


 石畳を辿れば、家が増え、店が並び、市場を抜け、やがて中心街へと入っていく。


 グレイブハル城の二人は、今日も、

 王都オルドンへ散歩に来ていた。



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