4-11 『触れてはならないもの』最終話
朝はたいてい、セティのほうがアウレリウスより早く起きる。
セティは寝起きのまま、ベッドの縁に腰掛けた。
淡い金色の光が、部屋をやわらかく包み込んでいる。
隣のベッドには、アウレリウスが静かな寝息を立てていた。
規則正しく胸が動き、シーツの外に白い手が出ている。
今はその澄んだ青い瞳は伏せられ、長いまつげが呼吸に合わせて、わずかに揺れるだけ。
首筋。喉仏。
鎖骨。
白い夜着を纏った肩。
シーツに散る、金の髪。
一つひとつを確かめるように、セティは見つめた。
その傍らにしゃがみ込み、そっと腕を伸ばす。
アウレリウスの手に触れ、頬を寄せる。
その甲に、静かにキスを落とした。
目を細めて、アウレリウスの顔を見る。
そして、
小さく息を吐き、手を戻す。
シーツを、肩まで掛け直した。
セティは音を立てずに立ち上がり、身支度を整え始めた。
窓辺に立ち、外を眺めていると、衣擦れの音がした。
アウレリウスが起き、伸びをしながら近づいてくる。
「おはよう、セティ」
ふわりと、後ろから抱きしめられる。
「おはようございます、アウル」
セティの髪に、アウレリウスの頬が触れる。
彼の匂い。彼の温もり。
――誰にも、触れさせてはいけないはずの、それ。
「アウル」
「なぁに?」
「本当に好きな人だけにしてください。
頬に、触れるのは……」
抱く腕に、わずかに力がこもる。
「セティならいいの?
セティにしか、僕からは触れていないよ」
腕の中で、セティが振り返る。
湖のように深い、青の瞳。
いつだって、息を呑むほど美しい。
セティは手を伸ばした。
アウレリウスの頬に、触れようとして――
指が、震えた。
どうしても、触れることができない。
アウレリウスはその手をやさしく取り、両手で包む。
そして、いつものように、額に短くキスを落とした。
その瞳が、わずかに細められる。
「セティは、頬に触れられるのは嫌なのかな。
ごめんね。触れてしまって……。
もうしないから、許してくれる?」
「……アウル」
アウレリウスは、やわらかく微笑んだ。
「僕も、朝の支度をしなくちゃ」
そう言って、背を向ける。
「……ち、ちが……」
だが、着替えを始めた彼に、セティの声は届かない。
セティは一度、瞳を伏せた。
そして、踵を返す。
棚から櫛と、細い革紐を取り出す。
いつもの朝を送るために。
アウレリウスの境界を、今日も守るために。
―――
アルストリア王国。
王都オルドンのすぐ近く、湖のほとりに、
歴史あるグレイブハル城がある。
静かで、美しくて、
――どこか不思議な城。
ここには、美しい青年と少年がいる。
錬金術が遺したホムンクルスである彼らは、
誰にも壊されないように。
誰にも境界に触れられないように。
今日も、二人だけで、静かに暮らしている。




