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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第四章『触れてはならないもの』
35/62

4-8 境界が鳴った日


 ジュリアンは、また家を抜け出して馬車に乗っていた。


 今の彼に、夜会での居場所はない。

 家にいるのは、窮屈で退屈だ。

 気晴らしも兼ねて、ジュリアンはグレイブハル城を目指していた。


 小雨が降っている。

 外門を抜け、王都の霧を抜けても、曇天の空の下では、息が詰まるような気配がまとわりついて離れない。


 馬車を降り、従者に傘を持たせたまま玄関へ向かうと、黒髪の少年が立っていた。


「こんにちは。

 ――何をしに、こちらへ?」


 無表情。

 よく見れば瞳も大きく、整った可愛らしい顔をしているのに、言動には一切の愛嬌がない。


 ジュリアンは鼻で笑った。


「見学に来た。……こっちは客だぞ?」


 従者に馬車へ戻るよう命じると、ジュリアンは金貨を一枚、少年へ投げつけた。


「彼は?」


 玄関ホールの正面階段から、かすかな靴音。


 アウレリウスが駆け寄り、セティの前に立つ。

 床に落ちた金貨を静かに拾い上げ、ジュリアンに差し出した。


「……こんにちは。

 ――なぜ、投げたの?」


 ジュリアンは小さく首を傾げた。


「彼が受け取ってくれなそうだったからね。

 今日も案内してもらえるか?」


「いいよ。

 でも一言だけでいい。謝って」


 真っ直ぐな視線。

 逃げ場を与えない声音。


 ジュリアンは小さく息を吐き、セティを見た。


「……悪かったな」

「……はい」


 ジュリアンは、そのままアウレリウスの腰に手を回し、歩き出そうとする。


「待って。こんなに受け取れないよ」

「感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」


 アウレリウスは小さくため息をつくと、金貨をセティに渡した。


「案内に、行ってくるね」

「……はい」


 セティはそれを受け取り、俯いた。


 腰を抱かれたまま、アウレリウスは歩き出す。




 アウレリウスは、変わらず美しい。


 淡く湿った空気の中でも、金の髪と白い肌は光を弾き、神々しいほどだった。

 まるで、何者が触れることも拒んでいるかのように。


 ――選ばれたものだけが、触れていい存在。


「今日は雨だね。これから強くなるのかな」


 回廊で窓の外を見上げる、その横顔をジュリアンは見つめた。

 雨粒は先ほどより大きくなり、澱んだ空気が満ちていく。


 ――まぁいい。これさえ手に入れば。


 二人は主人の部屋へ入っていった。


 カーテンは開け放たれ、窓ガラスに雨が打ち付けられている。

 足音は吸い込まれ、やはり過去へ引きずり込まれるような感覚が残った。


「俺の家は侯爵家だから大きいんだ」

「そうなんだ」

「今度来ないか?」

「何をしに?」

「遊びに、だよ」


 アウレリウスが振り返る。

 淡く、柔らかく微笑んでいた。


 ――俺なら、手に入れられる。


 ジュリアンは腕を伸ばし、彼を本棚に囲う。

 金の髪を撫でると、青い瞳がわずかに見開かれた。


「君は、僕の髪が好きなの?」

「好きだな。とても綺麗だ」

「そっか」


 また、笑う。


 ――欲しい。

 ――どうしても。


 白い頬に手を当て、顔を寄せる。

 唇を重ねようとして――


 ――ガシャン。


 二人の肩が、同時に震えた。


 アウレリウスは身を屈めるようにして腕から抜け、書き物机へ駆け寄る。


「ガラスが割れてる……。花器? どうして?」


 机の上には、砕け散ったガラスの花瓶。

 誰も触れていない。窓も開いていない。


「変なの。花は飾らないのに……」


 振り返るアウレリウスは、何事もなかったかのように笑っていた。


「あとで片付けるね。危ないから、今はもうこの部屋を出ようか」


 ジュリアンは服の胸元を強く掴んだ。

 心臓が、耳障りなほど鳴っている。


 違和感。

 見られている。


 強く、拒絶されている。


 ――なぜ。

 ――誰に。


「行こう」


 アウレリウスが部屋を出る。

 ジュリアンも慌てて、その背を追った。


 ――視線を感じ、振り返る。


 廊下の向こうに、黒髪の少年。

 じっと、こちらを見据えている。


「……お前なのか?」


 ――でも、ガラスはどうやって……?


 背筋に、冷たいものが一筋、落ちた。


 ジュリアンは首を振り、金の髪を追いかけた。


 雨音が石壁を伝い、胸を叩く。

 呼吸が、ほんの少しだけ、浅くなる。



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