4-6 触れてしまった頬
夜。
アウレリウスとセティは、私室のソファで並んで本を読んでいた。
アウレリウスは相変わらずセティに寄りかかるように座り、セティは背筋を伸ばしている。
燭台の灯りが、柔らかく二人を包み込んでいた。
ページをめくる音。
互いの呼吸。
わずかな衣擦れの音。
それだけしかない、穏やかな静寂。
二人はそうやって、静かに時間を過ごしていた。
ふと、本を閉じる音。
「今度、王都に行ったら、本屋に行こうか」
「何を見ますか、アウルは」
「新しい裁定集があるかも」
「……」
アウレリウスは少しだけ笑った。
セティはちらりと彼を見たが、すぐに視線を本へ戻す。
「セティは?」
「わかりません。探してみます」
「そっか」
「はい」
「素敵な本に出会えるといいね」
「はい」
アウレリウスが、少しだけ髪をかきあげる。
淡い香りが、セティの手のひらに落ちた。
「他に、やりたいことや、見たいものはある?」
「自然公園に行きたいです」
「いいね。また行こう」
「はい」
他愛もない会話。
いつもの、二人。
「セティ」
「はい」
アウレリウスが座り方を変え、セティの方を向いた。
「セティ、愛してるよ」
セティは本を閉じてテーブルに置き、顔だけを彼に向ける。
「僕も、アウルを愛しています」
アウレリウスが、柔らかく微笑んだ。
「セティ、君はとても美しい」
「アウルも、美しいです」
「セティ、君が嫌がることは、誰にもさせてはいけないよ」
「アウルも、そうです」
アウレリウスが、ふと、腕を伸ばした。
彼は、よくセティの額にキスをする。
だが、それ以外で顔に触れることはない。
涙を拭う以外の理由で、顔は触れていい場所ではなかった。
――それが、アウレリウスの境界の一つだった。
湖の水が跳ねる、かすかな音。
水の甘い香り。
溶けた蝋の匂い。
白い指先が、セティの頬にそっと触れた。
優しく細められる、青い瞳。
セティは、わずかに目を見開いた。
「寝よっか」
「……はい」
セティの声は、かすかに震えていた。
アウレリウスは燭台を手に取り、ベッドへ向かって歩き出す。
セティは、ただそれを追った。
ベッドの縁に腰掛けると、アウレリウスは燭台をサイドテーブルに置き、セティを抱きしめて、額に短くキスを落とした。
そして、少し身をかがめ、視線を合わせる。
「おやすみ、セティ」
「……おやすみなさい。アウル」
アウレリウスは蝋燭に息を吹きかけて消し、自分のベッドに横になった。
いつも通りの、穏やかな彼。
いつも通りの、美しい彼。
部屋には、月光だけが落ちている。
静寂が、セティの黒髪を冷たく撫でた。
しばらくして、アウレリウスの静かな寝息が聞こえてくる。
白いシーツに広がる、金の髪。
セティは、それを黙って見つめていた。
彼の手元では、強く握られたシーツに、深い皺が刻まれている。
青白い月明かりが、
静かな夜を、ゆっくりと侵食していった。




