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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第四章『触れてはならないもの』
32/62

4-5 触れていいと思ったもの


 ジュリアンは再びグレイブハル城を訪れていた。


 従者を馬車に残し、銀貨を手のひらに乗せて受付室の小窓を覗く。

 そこには黒髪に、緑がかった灰の瞳の少年——セティが座っていた。


「……見学ですか?」


 ジュリアンは眉を歪める。


「あの金髪の男は?」


 セティの眉が、ほんのわずかに寄った。


「今、少し離れています」

「戻ってくる?」


 答えを待たず、ジュリアンは銀貨をいくつかまとめて置いた。

 正確な枚数など、確かめる気もない。


「案内、僕でもできます」


 少年は淡々と告げる。

 だが、ジュリアンは小さく手を振った。


「いや、いい。彼にお願いしたい」


 そのときだった。


「あれ? また来たの?」


 厩舎の方から、ゆったりと歩いてくる金髪の青年。

 柔らかな笑みを浮かべながら、腕に掛けていたフロックコートを羽織る。

 オレンジサファイアのピンブローチが、かすかに光を返した。


 セティは立ち上がる。

 だがその前に、ジュリアンが青年のもとへ歩み寄り、その背に手を添えた。


「この城が気に入ってしまってね。

 また案内してもらえないか?」


 青年——アウレリウスは、一瞬きょとんとしたあと、ふわりと笑う。


「……そっか。気に入ってもらえたなら、よかった。

 行こっか」

「……アウル」


 背後から呼ぶ声に、アウレリウスは振り返り、穏やかに微笑んだ。


「セティ、行ってくるね」

「……はい」


 広い玄関ホールに二人の足音だけが落ち、そして、吸い込まれていった。




 二人は大ホール、正餐室、回廊を通り、“主人の部屋”に辿り着く。


 かつての当主が使っていた部屋だ。


 扉は開かれ、光に満ちている。

 濃い緑色の壁には植物文様が描かれており、深色の木板の床の上には擦り切れたペルシャ絨毯。

 高い細い窓には厚いカーテンが掛けられていた。


 アウレリウスは扉の前で、ジュリアンの顔を見る。

 

 この部屋は、案内順路にいつも含まれているが、殆どの人は扉の外から部屋を眺めるだけで、入ろうとはしない。


 足を踏み入れるのを、どうしても躊躇してしまう部屋だった。


 実際にジュリアンも、前回は中に入らなかった。


 彼はアウレリウスの視線に気づくと、口端をあげる。

 一歩、部屋へ入る。


 入った途端、ジュリアンは違和感を覚えて眉を寄せた。


 足音が変わる。

 今の音なのに、過去を踏んだような感覚が残る。

 

 重い足を、更に進めた。


 重厚なマホガニー製の書き物机。

 インク壺や羽ペンが、おそらく当時のまま並べられていた。

 天井まで届く本棚には多岐にわたる学術書が並ぶ。

 だが、半分は空。


「あぁ、本はね、僕の書斎に持って行っちゃったんだ。ちょっと、がらんとしているかな」


 アウレリウスが本棚の前に立ち、空いた棚に手を添える。


 細い白い指。

 背の金の髪が、ゆっくりと揺れた。


 ジュリアンは腕を伸ばした。

 

「うわっ」


 アウレリウスの腰を抱き、こちらを無理やり向けさせる。


 驚いてわずかに見開かれる青い瞳を見つめたまま、片方の手で金の髪をすくい上げた。

 

「きれいな髪だね」

 

 アウレリウスは、ジュリアンを不思議そうに見つめ、遅れて、にっこりと笑った。


「ふふ。ありがとう」


 そのまま髪を撫で、滑り落ちるようにアウレリウスの手を握る。


「……どうしたの? 君は人に触れるのが、好きなの?」


「そうかもね」


 ――逃げない。

 ――やっぱり、これは自分のものになりたいんだ。


 ジュリアンが微笑んで見せると、アウレリウスもそれに返すように淡く笑った。


 ジュリアンが彼を離せば、アウレリウスは何事も無かったかのように、ゆったりと“主人の部屋”を巡る。

 そして、本当に普通に、「夫人の部屋に移動しようか」と、笑っていた。


 ジュリアンは口角を上げる。




 玄関ホールまで戻る。

 ステンドグラスから差し込む光は、淡く青色に染まり、お互いの輪郭をぼやかせていた。


「じゃ、これでおしまい。ばいばい」


 アウレリウスが手を振る。


 ジュリアンはまた彼に腕を伸ばす。


 抱き寄せる。

 そして、頬を寄せてチークキスをした。


 ビクリと、アウレリウスの肩が震える。


 頬が離れると、驚いている青い瞳をジュリアンはじっと見つめた。


「楽しかった」


「……そっか」


 女たちが頬を染める微笑みをアウレリウスに向ける。

 金髪の美しい青年は、ふわりと笑った。


「君が楽しんでくれたなら、良かったよ」


 ――この程度で落ちはしないか。

 ――やっぱり、欲しいな。

 

 ジュリアンがゆっくりとアウレリウスを離すと、彼は手を振りながら笑っている。


 背を向けて、ジュリアンは馬車へ向かった。


 それをセティは、玄関ホールに立ち尽くしたまま、静かに見ていた。


 ――あの人は、アウルに惹かれているのではない。

 ――綺麗なものを、自分の手元へ置きたがっているだけだ。


 少しだけ眉を寄せた。

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