4-4 手に入るもの
侯爵家、晩餐室。
深いワインレッドの絹壁に、橙の灯りが揺れ、かすかな食器の音が吸い込まれていく。
何代前からあるのかも分からない古いシャンデリアが、幾重にも影と光を生んでいた。
大理石で囲われた大きな暖炉の上には、代々の戦功や叙勲にまつわる金杯が並ぶ。
それは、誇りというよりも、権威と力を示すための飾りだった。
猫脚の長大なテーブルには白いリネンがかけられ、銀の燭台が整然と置かれている。
カーブを描いた背もたれに、つづれ織りの布を張った椅子が何脚も並び、
この家が「選ばれた者のための場所」であることを、静かに主張していた。
誇らしい家。
選ばれし者のために用意された、すべて。
――選ばれた、自分。
ジュリアンはわずかに部屋へ視線を巡らせ、小さく笑った。
「グレイブハル城に行ってきたんだって?」
父が、何気ない調子で声をかける。
ジュリアンはカトラリーを置き、ナプキンで口元を拭った。
「行ってきました。噂通り、“不思議”でしたね」
父は穏やかに笑った。
「あそこは昔から、そう言われているな」
壁に並ぶ金の額縁に収められた先祖の肖像画が、聞き耳を立てるように静かに彼らを見下ろしている。
「私も若い頃に行ったことがある。
驚くほど綺麗な男の子がいたことを覚えているよ」
「……綺麗な男の子?」
「すごく驚いたはずなんだが……不思議と、あまり覚えていない」
「へぇ」
ジュリアンは片眉を上げたが、父はそれ以上深く掘り下げることもなく、話題を変えた。
食事を終え、ジュリアンは私室へ戻った。
重いドレープのカーテンは閉め切られ、外の気配は遮断されている。
立派な書斎机はあるが、いつ最後に向かったかは思い出せない。
机上に置かれた紙は白いまま、ペンはインクが乾ききっていた。
椅子の背には、女物のショールが無造作に掛けられている。
誰のものだったかは、もう覚えていない。
流行と、どこかすえた匂いのする部屋。
ジュリアンはクラヴァットを外すと、分厚い絨毯を踏みしめ、ベッドに身を投げ出した。
天蓋の布越しに、淡く揺れる灯りを見る。
片腕を額に乗せ、もう片方の指をゆっくりと動かす。
何かを掴もうとするように、空を引き寄せる仕草。
――驚くほど綺麗な男の子。
その息子が、あれなのか?
身を少し返し、ベッドサイドに置きっぱなしの香水瓶を見る。
青いガラス瓶は、ランプの光を受け、計算された輝きを放っていた。
あの青い瞳に似ている。
だが、それよりも、あれはずっと澄んでいた。
――何かが、違う。
ガラス瓶でもない。
“綺麗な男の子”の、ただの延長でもない。
――きっと、違う。
投げ出したままの自分の手のひらを見つめる。
まだ、わずかに残る熱。
柔らかな髪の感触。
(男でも、いいか)
女であっても、あれほど美しい人間はそういない。
「……欲しいな」
小さく、声に出す。
――身分もある。金もある。
――望んで手に入らないものなど、今までなかった。
ジュリアンは、口元を歪めて笑った。




