4-3 歓迎されない訪問者
王都オルドンからほど近く。
馬車の車輪は、淡々と土の道を叩いていた。
ジュリアンは車窓の枠に腕を置き、外を眺める。
霧の向こうに、開け放たれたままの石と黒鉄の背の高い外門が見えてきた。
その脇には低い石の塀と、そこから続く広い草原しかない。
彼は眉を顰める。
――城なんて、本当にあるのか?
馬車が外門をくぐる。
門のすぐ内側には、かつて門番が暮らしていたのだろう小屋の跡が残っていたが、すでに朽ち果てていた。
道は石畳に変わり、それをさらに辿ると丘を上り始める。
馬車は揺れながら、その丘を駆け上がっていった。
登りきった瞬間、石造りの城が視界に現れる。
――グレイブハル城。
三階建てほどの、決して大きな城ではない。
むしろ、今ジュリアンが住んでいるタウンハウスの方が広いくらいだ。
――小さいな。
“不思議”だの、“曰く付き”だの。
馬鹿馬鹿しい。
口角にわずかな嘲りが浮かぶ。
だが、馬車が丘を緩やかに下り始めるにつれて、その表情は自然と消えていった。
霧が晴れる。
澄んだ空気。
王都では当たり前に漂っている霧の匂いが薄れ、花は見えないのに、どこか華やかで高貴な香りがする。
――それなのに。
肌が、びりびりとする。
門番もいない、開きっぱなしの城門。
解放された土地。
晴れやかな空気。
それでも。
――歓迎されていない。
理由は分からない。
だが、確かにそう感じた。
小ぶりな内門をくぐる。
左手には馬車置き場、その奥に厩舎。
さらに桟橋のかかる大きな湖が広がり、その向こうには霧に包まれた王都が見えた。
こちらと、あちら。
まるで、世界が分断されているかのようだ。
右手には石畳が続き、その先には広大なグリーンガーデン。
石造りの城の奥には、塔が覗いている。
グレイブハル城は、ただ静かに、そこに佇んでいた。
気づけば、ジュリアンは息を呑んでいた。
従者が受付を済ませて戻ってくる。
だが、その先に立つ人物に、視線が吸い寄せられる。
柔らかく微笑みながら、“彼”が歩み寄ってくる。
「こんにちは。見学だよね。
行こうか」
――遠目では女に見えた。だが、男だ。
それにしても、怖いくらい綺麗な顔をしている。
“彼”は、そっとジュリアンの背に手を添えた。
思わず、心臓が跳ねる。
視線を向けると、“彼”はにっこりと笑った。
細められた青い瞳が光を返し、長い睫毛の影が頬に落ちる。
動くたびに揺れる淡い金の髪は、香り立つように華やかで、
白いシャツから覗く首筋も手首も、そのすべてが蠱惑的だった。
日頃、女の肩を抱くことに何の躊躇もないはずの手が、震えている。
導かれるまま、ジュリアンは半ば呆然と城の中へ足を踏み入れた。
石の床を歩いているはずなのに、足音が吸い込まれていく。
部屋を一つ通り過ぎるたび、何かを置き忘れていくような感覚。
“彼”の案内の声をぼんやりと聞きながら、ジュリアンはずっと、その違和感に囚われていた。
「夫人の部屋から見る夕陽は綺麗なんだ。
そろそろいい時間だから、見に行こう」
“彼”が微笑みかける。
ジュリアンは、はっとして顔を上げた。
視線が合うと、“彼”はまた、にっこりと笑う。
つられるように、ジュリアンの口元も緩んだ。
頬に触れようとして、手を伸ばす。
だが、“彼”は気づかず歩き出し、その手は宙に取り残された。
静かに、手を下ろす。
夫人の部屋に入ると、“彼”はバルコニーへの扉を開き、振り返った。
湖の香り。
水の跳ねる、かすかな音。
沈みゆく夕陽。
背に触れられる。
コート越しのはずなのに、妙に熱い。
バルコニーに出ると、今度はジュリアンの方が、“彼”の腰に手を添えた。
愚かなくらい、その手が震えている。
“彼”は目を細め、笑う。
「ね、夕陽がとても綺麗だよね」
腰に添えた手に、長い金の髪が触れる。
辿るように撫でると、“彼”は声を上げて笑った。
「あはは。どうしたの?」
嫌がらない。
髪に触れても、腰に触れても。
ジュリアンは、その青い瞳を見つめる。
そして、ゆっくりと口角を上げた。
――こいつは、俺のものになりたいのかな。
そう思った瞬間、妙に納得がいった。
彼のものになりたがる女は、いくらでもいる。
(でも、こいつは男なんだよな……)
その日の夕陽の色を、ジュリアンは覚えていない。
ただ隣に並んでいた男の、異様に整った横顔だけが、いつまでも脳裏に残っていた。




