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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第四章『触れてはならないもの』
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4-2 甘い夜の奥で


 落ち着きのない大きな笑い声が、部屋の奥で弾けていた。


 金箔の装飾を施した白い扉の向こう。

 窓は閉め切られ、外の音はほとんど届かない。


 夜会会場の奥に誂えられた、談話室だ。


 壁には絵画と、繊細な彫刻の刻まれた暖炉。

 床には厚い赤絨毯が敷かれ、猫脚を持つ大理石のテーブルが置かれている。


 選ばれた者しか足を踏み入れられない、貴族のための部屋。


 テーブルの上には、火の落ちかけたシガーと、飲みかけのワイングラスがいくつも並び、銀の燭台の灯りが薄暗く、部屋の隅に幾重もの影を落としていた。


 甘い匂いが、空気に滞っている。

 

 革張りのソファには、若い男女が腰や肩を抱き合いながら身を寄せ、高い声で、はしゃぐように談笑していた。


 ここに年長者の姿はない。

 彼らは――“無邪気”だった。


 侯爵家の次男、ジュリアン。

 彼もまた、その輪の中にいた。


 これは貴族子女の、ぎりぎりの遊び。

 どこか退廃的で、それでいて、どれも咎められない程度の関係。


 胸元の大きく開いたドレスを纏った女友達の肩を、ジュリアンは気安く抱く。


「あはは、ジュリアンったら」

「楽しけりゃいいだろ?」

「そうだけど」


 彼のそばにいるのは、彼女だけではない。

 視界に入ろうと、何人もの女性が彼の周囲に集まっていた。

 身分も高く、金もあり、余裕があって、見目もいい。

 ジュリアンの“お手つき”になりたい女など、いくらでもいる。


「おい、みんなジュリアンに取られちまうな」


 仲間の男のぼやきに、女たちが声を上げて笑う。


「悔しかったら、ジュリアンみたいにお金持ちで美形になればいいのよ」


「無理に決まってんだろ」


 また笑い声が弾ける。


「それより、ワインは飽きたな」

「別のを頼むか」

「甘いのが食べたい」

「誰か鈴鳴らして」

「動くの、面倒くさい」


 ジュリアンが立ち上がろうとすると、隣の女が抱きついた。


「ジュリアンはダメ」


 彼は口元を歪めて笑う。


「だってさ。誰か頼んでくれ」


 仲間の一人が大げさにため息を吐き、また、部屋いっぱいに笑い声が広がった。


 ほどなくして給仕が現れ、新しいボトルと果物がテーブルに置かれる。


 ジュリアンに肩を抱かれた女が果物を一つ摘み、彼の口に放り込んだ。

 弾けるような甘酸っぱい香り。

 女たちは楽しげに笑う。


「ねえ、ジュリアン」

「なに?」

「グレイブハル城って、聞いたことある?」


 彼は片眉を上げた。


「知らないな」

「湖の近くにある城なんだけど、すごいんだって」

「何が?」

「雰囲気が、かな」


 女は肩を竦めて笑う。


「調度品は少ないらしいけど、行った人はみんな“うまく言えない”とか、“不思議”とか言うのよ」

「へえ」


 ジュリアンが女を見ると、彼女は上目遣いで視線を絡めてくる。

 媚びた、甘ったるい眼差し。


「ジュリアンの家も、十分お城みたいだもの。興味ないかもね」


 ジュリアンは女の肩を引き寄せ、吐息が触れ合うほど近づいた。


「城より、君の方に興味あるかも」

「やだ、もう!」


 耳に残る笑い声。

 甘ったるい夜が、揺れる蝋燭の火の中で、だらしなく溶けていった。



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