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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第三章『言葉にしないまま』
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3-7 言葉のない贈り物


 その日も、よく晴れていた。


 受付室の小窓の向こうに現れたのは、いつもより少しだけお洒落をしたマーサと、緊張した様子の息子嫁――エミリーだった。


 アウレリウスは二人に、にこやかに笑いかける。


「ようこそ。待ってたよ。

 案内もしようか」


「いんや、それはいいよ」


「そっか。じゃあ、楽しんでね」


 彼が小さく手を振ると、マーサは踵を返して歩き出し、エミリーはアウレリウスに深く頭を下げてから、その後を追った。


 二人の背を見送り、アウレリウスはソファにいたセティを振り返る。

 互いに頷き合い、そっと受付室を後にした。


 ステンドグラスの柔らかな光が落ちる玄関ホール。

 そこからまっすぐに伸びる階段を、マーサとエミリーは言葉を交わすことなく、少し距離を保ったまま上っていく。


 大ホール、それから正餐室へ。


 マーサはエミリーを置いて、さっさと先を歩く。


 エミリーは時折足を止め、シャンデリアを見上げたり、壁に掛けられた絵や暖炉の装飾を眺めたりしていた。

 小さな感嘆の声が漏れるが、マーサが応えることはない。

 その声は、城の石壁に吸い込まれていく。


 マーサは少し進んだ先で立ち止まり、エミリーを待つ。

 追いつくと、また背を向けて歩き出す。

 それを、淡々と繰り返していた。


 アウレリウスとセティは、二人から距離を取りながら、そわそわと様子をうかがっている。


「マーサさんたち、全然お話しないね」

「……はい」


 回廊、ライブラリー、主人の部屋。

 彼女たちは終始、同じ調子で城内を巡っていた。


 最後は、夫人の部屋のバルコニー。

 まだ夕陽には少し早い時間だ。


 二人は静かに、少し距離を置いて並んでいた。

 風が、二人の髪を同じように撫でていく。


 マーサは鞄から、ラベンダー色のセーターを取り出した。

 それをしばらく見つめ、細く息を吐く。


 エミリーが、ふとマーサの方を向いた。


「お義母さん、今日は連れてきてくださって、ありがとうございました。

 すごく綺麗で……感動しました」


 扉が開け放たれたままの夫人の部屋。

 その入口近くの廊下で、アウレリウスとセティは静かに見守っている。


 二人の表情は、ここからでは分からない。


 マーサは、むき出しのままのセーターを、押し付けるようにエミリーへ渡した。


「これ……良かったら」


「え……いただけるんですか?」


「あぁ……」


 エミリーは、そっとセーターを広げる。


「わぁ……。綺麗な色。大好きな色です。

 嬉しい……」


 彼女はセーターを胸に抱いた。

 マーサはその様子をちらりと見ると、すぐにそっぽを向いてしまう。


「……なんにもできなくて、すまないね」


 呟くような、小さな声。


 エミリーはマーサを見つめる。

 マーサは、エミリーを見ない。


「そんなことないです……」


 エミリーの声は震えていた。


「そんなことないです……お義母さん……」


 マーサが視線を向けると、エミリーはセーターに顔を埋めていた。 


 泣いているようだった。


 マーサは少しだけ近づき、ただ静かに隣に立つ。

 それ以上、何も言わない。


 アウレリウスとセティは顔を見合わせた。

 アウレリウスはふっと柔らかく笑い、セティの背に手を添えて、並んで廊下を歩き出す。


 音のしない廊下。

 夕焼け前の淡い金色の光が、窓から足元に落ちていた。


 アウレリウスは歩きながら、セティを少しだけ抱き寄せ、黒髪に短くキスを落とす。


「……良かったです」

「うん。セーターを渡せて、良かったね」


 セティが、自分の手のひらをそっと見つめると、アウレリウスはその手を握った。

 少年が見上げると、アウレリウスは前を向いたままだ。


 ――言葉にしていないのに、

 どうして“手を繋ぎたい”って思ったことが、伝わったんだろう。


 セティがじっと横顔を見つめていると、アウレリウスはそれに気づいて、ふわりと笑った。


「なぁに?」


 セティは首を振る。


「そう」


 それ以上、言葉は交わされなかった。


 遠くから、鐘楼の音。

 セティはほんの少しだけ口角を上げて、笑った。



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