3-4 言葉より先に
忙しなく、馬車が通り過ぎていった。
王都オルドンは、今日も霧に包まれている。
アウレリウスとセティは並んで石畳を歩いていた。
この街に合わせた、少しだけ“お洒落”な装いで。
それでも、アウレリウスの手にある杖は、相変わらず“持っているだけ”だ。
向こうから青年が駆けてくる。
二人は端へ寄り、道を譲った。
「ありがとう」
すれ違いざま、青年はにこやかに笑ってそう声をかけた。
アウレリウスはにこりと笑い、帽子をほんの少し持ち上げる。
セティはいつもの無表情で、静かに頭を下げた。
青年の腕に抱えられた花束から、一枚だけ花弁が舞い落ちた。
アウレリウスは反射的に手を伸ばし、それを捕まえる。
顔を近づけ、手のひらの花弁の香りを嗅ぐ。
甘くて、華やかで、どこか力強い匂い。
「薔薇だね」
差し出されると、セティは少し困ったように花弁を見つめて受け取り、それからそっとポケットに押し込んだ。
二人はまた歩き出し、自然と横に並ぶ。
「プレゼントかな」
「お見舞いでしょうか」
「でも、彼は嬉しそうだった」
「家族のお祝いでしょうか」
「プロポーズかも」
「うまくいくといいですね」
「うん」
グレイブハル城には、花を飾っていない。
切られた花の命は、あまりに短いからだ。
彼らは、花がしおれていく様を、あまり得意としなかった。
かつての城には、花が咲き誇る庭園もあった。
だが今は、花は咲かない。
手を入れずとも荒れもせず、増えも減りもしない。
ただ、緑だけが静かにそこに残っている。
アウレリウスも、セティも、花が嫌いなわけではない。
二人で王都の王立自然公園を訪れ、季節の花々を、ただぼんやりと眺めることはよくあった。
彼らの足は、今日も自然と公園へ向かっていた。
噴水の見えるベンチに並んで腰掛ける。
水の跳ねる音。
人々の話し声。
遠くで鳴る鐘。
王都は、たくさんの音で満ちている。
若い男女が、二人の前を通り過ぎた。
手を繋ぐこともなく、言葉を交わすこともなく、自然と噴水の前に並んで立つ。
ふと、男が女を見る。
女も彼を見る。
そして、静かに微笑み合う。
また前を向き、何も言わず、噴水を眺めていた。
アウレリウスはその様子を、黙って観察する。
隣を見ると、セティも同じように二人を見ていた。
視線に気づいたセティが顔を上げる。
アウレリウスは何か言おうとして、口を開け、――やめた。
柔らかく微笑み、また噴水の方へ視線を戻す。
セティはその横顔をしばらく見つめ、ポケットから先ほどの花弁を取り出した。
すでに、少し茶色くなっている。
手のひらに乗せると、風が静かにそれを攫っていった。
「セティ」
「はい」
「マーサさんは、お嫁さんを大事にしているみたいだった」
「……そうですか」
恋人たちは、もうそこにはいない。
「人は、言葉にしないと気持ちは伝わらないもんね。
やっぱり、マーサさんの気持ちは……伝わらないのかな」
「どうでしょうか」
風がアウレリウスの金の髪を揺らす。
霧の匂いが、ふわりと鼻をくすぐった。
自然公園には今日も多くの人が訪れていたが、彼らを気に留める者は、ほとんどいなかった。




