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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第三章『言葉にしないまま』
21/62

3-3 言葉にしないまま


 足音は、相変わらず床に吸い込まれていった。


 アウレリウスは高い天井を見上げる。

 大窓から差し込む光が、隅に柔らかな影をつくっている。

 火をともしていないシャンデリアは、水晶だけが淡く光を返し、宙に浮かんでいるようにも見えた。


 大ホールを抜け、なんとなく正餐室へ足を踏み入れたとき――

 それは聞こえてきた。


 大きな、ため息。


 アウレリウスは長いテーブルを回り込み、壁際へゆったりと歩いていく。


 暖炉の前でしゃがみ込んでいる女性。

 白石の暖炉には、天体と月桂樹の文様が彫り込まれている。

 その溝に溜まった埃を、彼女は一つ一つ、丁寧に払っていた。


 アウレリウスは、マーサの隣に小さくなってしゃがみ込んだ。


「どうしたの?」


 マーサの肩が、わずかに震える。

 彼女は眉を歪め、ゆっくりとアウレリウスの方を見た。


「……なんでもありゃしないよ」


 そう言って、視線を戻し、また掃除を続ける。


 この暖炉も、久しく使われていない。

 真冬であっても、見学者の通る道に小さなストーブを点々と置くだけだ。


「ねぇ。すっごいため息だったよ」


「……」


 にっこりと笑いながら、アウレリウスはマーサの横顔を見つめる。


「マーサさん、いつも黙々と丁寧に掃除してくれるから助かってるんだ。

 いつもありがとう。

 ――それで、どうしたのかな?」


 アウレリウスは膝を抱え、腕に自分の頬を預けた。

 金の髪が、さらりと床に落ちる。


「……」


 マーサはちらりと彼を横目で見た。


「……はぁ」


 諦めたように、深く息を吐く。


「本当に、なんでもありゃしないんだよ。

 息子の嫁さんがさ……子どもを流しちまってね」


 アウレリウスは、ほんの少しだけ眉を下げた。

 だが何も言わず、続きを待つ。


「……それで、すごく落ち込んじまって」


「そっか」


 彼の視線は、暖炉の彫刻をなぞる。

 こちらをあまり見ないマーサの横顔を、そっと覗き込んだ。


「……子どもを、探す?」


 マーサの手が止まる。

 そして、その横顔が、ほんの一瞬、やわらいだ。


 小さく、首を振る。


「いや。もういいんだよ。

 嫁も息子も、分かってる」


 呟くような声。

 澄んだ空気のこの部屋では、それでも確かに届いた。


「……そっか」


「あたしは、こんなだろ。

 口も態度も悪くてさ……。嫁さんには嫌われてるよ」


 アウレリウスは、小さく首を傾げる。


「でもね……可哀想でさ。

 励ましてやりたいんだけど、あたしに何言われたって、嫌だろうし」


「……そんなこと、ないんじゃないかな」


 マーサは立ち上がり、エプロンの端で手を拭いた。

 横に置いていた掃除道具を拾い上げる。


 アウレリウスに向き合うと、無表情のまま、しっしっと手を振った。


「ほら、掃除すっから向こう行きな。

 そのきれいな顔、汚れちまうよ」


 アウレリウスは小さく息を吐き、立ち上がる。


 黙々と掃除を始めたマーサの背中を、しばらく見つめ――

 やがて、踵を返した。


 足音は、やはりしない。


 城に落ちている、わずかな光を追うように、アウレリウスはまた静かに歩いていった。



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