変節10-3 群青の贈り物
王都オルドン。
この日、アウレリウスとセティは相変わらず霧に包まれた白い石畳を歩いていた。
プラタナスの並木道。
赤と黄に染まった大きな葉が風に揺れている。
ふと、アウレリウスは屈んで、落ちていたプラタナスの枯れ葉を拾った。
「セティ。見て。
幅が一フィートくらいありそう」
「……すごく大きいですね」
二人は、くすくすと小さく笑いながら歩き続ける。
やがて重厚な黒鉄の門が見えてきた。
その向こうにそびえる白亜の尖塔は、王立裁定院。
二人は門をくぐると、前庭を抜け、巨大な深色の木の扉の向こうへ。
受付で用件を告げ、職員の後をついて歩いた。
広い一階のホール。
行き交う人々の声は、高いアーチ天井に吸い込まれていく。
市松模様の石床をブーツが踏み、それから、木製の階段を上った。
三階、東奥の部屋。
エドガーの法務官室へ。
職員が声をかけると、静かに扉が開き、群青の瞳が中から覗いた。
「あぁ、こんにちは。アウレリウスさん、セティさん」
低くて落ち着いた声。
「こんにちは」
アウレリウスとセティは案内してくれた職員に頭を下げると、室内へと入る。
エドガーは法務官席に戻りながら、穏やかに笑んで言った。
「今日はどうされました?」
「……お礼を言いに」
アウレリウスは、リボンで飾り付けた口の拾い瓶を、エドガーに手渡した。
「……こちらは?」
「乾燥したレモンバームの葉だよ。
夜に、ハーブティーにして飲むと、よく眠れると思う。
グレイブハル城の庭園で採れたものなんだ。
その……エドガーさんは甘いものが好きじゃないと聞いたから……」
エドガーはわずかに目を見開く。
「僕が甘いものが苦手ってご存知でしたか」
アウレリウスとセティは固まる。
慌てて彼らは身を寄せた。
「どうしよう。喫茶店まで後をついて行った上に会話を盗み聞きしてたってバレちゃう」
「笑ってごまかしましょう」
アウレリウスはエドガーに向かってへらりと笑った。
エドガーもそれを見て笑う。
「ははは。ありがとうございます。
大切に飲ませていただきます」
エドガーは瓶を窓の明かりに翳すと、わずかに口角を上げた。そっと、机の上に置く。
「実は、僕からもアウレリウスさんに贈り物があるんです」
鍵付きの引き出しを開け、一枚の書類を取り出す。
彼はアウレリウスの前に立つと、それを差し出した。
アウレリウスは両手でそれを受け取る。
「グレイブハル城の新たな権利書です」
「え……」
顔を上げると、群青の瞳と視線がまっすぐに交わる。
「グレイブハル城の貴方の所有を示す権利書はかなり古く、法的に脆くなっていました」
アウレリウスはセティと目を見合わせた。
「情勢が変われば分かりませんが、僕が法務官である間は、貴方の権利を守ります」
エドガーは、柔らかく笑む。
「“王”として世界を守ってきた貴方に、僕からのささやかな贈り物です」
アウレリウスの瞳が潤んだ。
「……僕は何もしてないんだ」
「貴方は頑張り屋です」
アウレリウスは腕を伸ばして、エドガーに勢い良く抱きつく。
「……ありがとう」
エドガーは一瞬よろけかけ、彼を受け止めた。その背を優しく叩く。
「……僕には、こんなことくらいしか出来ません」
「そんなことない。
エドガーさんは格好いいよ」
エドガーは声を立てて笑った。
窓の向こうには、霧に包まれた王都の街並み。
遠くからは、セイブルの鐘の音が聞こえた。
帰路の馬車。
アウレリウスは手綱を持ちながら、ふわりと笑った。
「エドガーさん、いい香りがした」
セティは静かに景色を眺めている。
「エドガーさんのコロンはやっぱりベルガモットがベースなんじゃないかな。柔らかで、知的で、彼にとても似合う」
ガラガラと、馬車が土の道を進む。
整った森を抜け、平原へ。
澄んだ初冬の風が頬を撫でた。
「レモンバームも、気に入ってくれるといいな」
「アウル」
「なぁに?」
セティが、手綱を握るアウレリウスの腕に自分の腕を絡める。
「……アウルは、エドガーさんに触りすぎです。
抱きつくし、あの後も、手に触ったり腕に触ったり……。やり過ぎです」
アウレリウスはちらとセティを見た。
「……でも、エドガーさんも嫌がってなかったよ」
「それでも……です」
「それって……」
――あれ。もしかして。
アウレリウスは、ほんの少しだけ目を細めた。
「……さっきからエドガーさんの話ばっかり」
アウレリウスは腕を引いて、セティの体を寄せる。
彼の顔を覗き込むが、セティは目をそらした。
前を歩く馬の耳が、ぴこぴこと暢気に揺れている。
「ふふ……。気をつけるよ」
「アウルはわかってないです」
「そうだね。わかってないね」
馬車の揺れに任せて、アウレリウスはセティの肩に自分の頭を預けた。
「……ベルガモットよりも、セティの香りが好きだよ」
西の山の向こうには、太陽が触れている。
橙に染まる草原を、アウレリウスたちの馬車だけが、のんびりと渡っていた。




