変節9-7 割れぬ月
「アウル!」
大階段をセティが駆け下りてきた。
アウレリウスは顔を上げ、立ち上がる。
カイウスは静かに二人を見つめた。
セティは踊り場で足を止め、ふと、振り返った。
『結局、また壊れてしまった』
心に直接触れるような声。
セティは眉を寄せて、ステンドグラスを見上げた。
『美しくない』
温度のない、静かな声だった。
「セティ! 聞いちゃいけない!
こっちにおいで!」
アウレリウスは階段下まで走ると、両手を広げた。
『飽きた』
『また創れば良い』
鮮やかな声が混ざる。
「……創造神と、太陽神?」
巨大なステンドグラスの向こうにわずかに透ける月が、赤く滲んでいる。
『我は何度創る。もう何度目だ』
『何度でも』
『嘲笑うためか?』
『燃すためだ』
『我が創りし箱は壊れない』
「セティ!」
セティはハッとして振り返ると、階段を駆け下り、アウレリウスの胸に飛び込んだ。
『理など、つまらん』
『黙っていろ』
『理は美しい』
『なぜ理解しないのだろう』
『あれほど美しかったのに』
『なぜ』
二人は、ステンドグラスを、ただ見上げた。
カイウスも、床に倒れたまま静かに声を聞いている。
『壊れた』
『美しくない』
『捨ててしまおう』
『理は美しいのだから』
セティは両手でアウレリウスの耳を塞ぎ、彼の唇に口づけを落とした。
呼吸が落ちる。
痛みをこらえるように、セティは目を細めた。
振り返る。
彼は、アウレリウスが握っていたナイフを取り上げると、それを、
――力いっぱい投げた。
鈍い音。
ステンドグラスに弾かれ、
ナイフは、石床に落ちた。
回転しながら壁に当たり、かすかな金属音が鳴る。
セティはわずかに目を見開いた。
「……割れないなんて」
ナイフは、刃先が月光を弾き、赤く滲みはじめる。
じわり。
じわりと染まっていく。
『理は壊れない』
「……いなくなれ!
ここにお前の望む『理』はない!!」
『美しくない』
静寂が、落ちた。
空気が酷く冷える。
声は、もう聞こえない。
衣擦れの音。
カイウスは、ゆっくりと起き上がると、血に濡れた手のひらを見つめた。
アウレリウスは、糸が切れたように、その場に膝をつく。
セティは一度目を閉じ、カイウスを振り返った。
何も言わず、ただ見つめる。
カイウスは視線を上げると、灰の瞳を見つめ、静かに立ち上がった。
目を伏せ、そのまま背を向ける。
「なぜ……。
なぜ……世界はこうも、理不尽なのでしょう」
その問いに、答えられるものは誰一人いなかった。
彼は、一歩。
また一歩と、ふらつきながら、玄関扉を出ていく。
開け放たれた扉の向こうの空は、わずかに白み始めていた。




