2-10 『境界に触れる』最終話
その日は、閉城日だった。
朝は珍しく、アウレリウスの方が先に起きて、窓辺に立っていた。
セティがその隣に並ぶと、彼はゆっくりと振り返る。
「おはよう、セティ」
「おはようございます」
アウレリウスは腕を伸ばして、セティを抱きしめる。
いつもより、ほんの少しだけ、力が強い。
セティも彼の背に腕を回し、軽く、トントンと叩いた。
ふっと、アウレリウスが笑う。
「落ち込んでないよ。大丈夫」
「嘘はいけません」
「落ち込んでいるというより……。うまく言えないや」
「……」
「セティ、大好きだよ」
「僕も、アウルが好きです」
「今日は、セティの髪を編み込みたいな」
「……それは嫌です」
「そっか」
アウレリウスはセティを離し、また小さく笑った。
「朝の支度をしようか」
「はい」
支度を整え、朝食をとったあと、アウレリウスは書斎にこもった。
そういう日、セティはその部屋に近づかない。
掃除をしたり、城の中をただ歩いたりする。
そして、アウレリウスがあまり意識していない部屋で、静かに本を読む。
今日は、音楽室にした。
ピアノに背を預けるようにして椅子に座り、本を開く。
この楽器は、調律もされておらず、まともな音は出ない。
ただ、ここに置かれているだけのものだ。
セティは演奏の仕方を知らない。
蓋を開けて触れてみたいと思ったこともない。
けれど、埃を払うことだけは、欠かさずにしている。
窓の外では、陽が傾き始めていた。
セティは本を脇に抱え、静かに部屋を出た。
夜になると、アウレリウスが先にソファに座り、本を読んでいた。
セティは、その前に立つ。
燭台の明かりが遮られ、アウレリウスの手元が影に沈む。
彼はゆっくりと顔を上げた。
表情は穏やかだが、やはり、どこか沈んでいる。
セティは、いつもの無表情のまま、彼を見つめる。
「僕は、アウルが大好きです」
セティは腕を伸ばし、アウレリウスの頭を胸に引き寄せて抱きしめた。
そして、その額にキスを落とす。
いつもアウレリウスがするより、少しだけ、ゆっくりと。
「だから、僕はアウルのそばにいます」
アウレリウスは、セティを抱きしめ返した。
「やっぱり、よく分からないんだ……」
掠れた声だった。
「だけど、セティ。
君のことを、僕は大切に思ってる。
――それだけは、分かるよ」
「はい」
アウレリウスは、人が好きだ。
そして、人に触れたがる。
人を知りたいと願い、
分からなくて、立ち止まり、
ときどき、ひどく落ち込んでしまう。
セティには、その気持ちはよく分からない。
それでも――
そんなアウレリウスが、セティはとても好きだった。
それだけは、確かだった。
―――
アルストリア王国。
王都オルドンのすぐ近く、湖のほとりに、
歴史あるグレイブハル城がある。
静かで、美しくて、
――どこか不思議な城。
ここには、美しい青年と少年がいる。
錬金術が遺したホムンクルスである彼らは、
今日も、
世界の誰にも見つけられることなく、
二人だけで、静かに暮らしている。




