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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第二章『壊した未来』
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変節2-7 『壊した未来』最終話


 ベッド脇の椅子に腰掛け、アウレリウスはスープをすくったスプーンをセティの口元へ差し出した。


「アウル……本当に、僕は大丈夫だから」

「……痛いでしょ? 僕は座るのもつらかったよ」


 セティは観念したように口を開き、スープを飲み込む。


「僕は、それほどでも……」


 その言葉に、アウレリウスの顔色が変わった。


「……もしかして、失敗?」

「え、でも違和感はありますけど」


 アウレリウスはスプーンを器に戻すと、慌ただしく部屋を出ていった。


 戻ってきた彼の手には、小さなナイフが握られている。


「少しだけ、肌を切らせて。痛くしないから」


 セティが手を差し出すと、アウレリウスは首を振った。


「指先は小さな傷でも痛い。痛覚が鈍い肘にしよう。

 前の僕たちなら、一瞬で治ってしまうような……ほんの小さな傷を」


 袖をまくり、肘に浅く刃を走らせる。

 赤い線。

 二人で、黙ってそれを見つめた。


 アウレリウスは震える指で、その傷をそっとなぞる。


 時間が、過ぎる。


 治らない。


 青い瞳から、ぽろりと涙が落ちた。


「アウル……」

「良かった……。治らない。

 多分、構成はちゃんと壊れてる」


 青い瞳から、涙がいくつも溢れ出す。

 彼は小さく唇を噛んだ。何かを堪えるように。


「アウル、どうして泣くの……」


 セティのシャツの袖を丁寧に戻すと、両手を優しく取った。

 灰の瞳を、覗き込むようにして見つめる。


「セティ。これで、君は自由だよ」

「え……?」


 彼の涙を拭おうとするが、指先は強くアウレリウスに握られたまま。


「もう、僕にも、グレイブハル城にも縛られることはないんだ」


 掠れて、震えた声。

 それでも、握った指先を離そうとはしない。


「どうして……」

「街にも住めるよ。

 成長しないことを、もう隠さなくていいんだから。

 自由に生きられる。

 やりたいこと、なんでもやっていいんだ」


 『自由に』と、そう言った声が、いちばん震えていた。

 セティの指先が、冷えていく。


「違う。アウル、どうしてそんなこと……。

 アウルは? 

 アウルはどうするの?」


「僕は、死ぬまでここにいる。

 エドマンドの城を、最期まで守らなきゃいけないから……」


 世界が、止まった。

 セティの瞳からも、涙が落ちる。


「……アウルの未来に、僕はいないの?」

「……え?」


 涙を拭おうとしたアウレリウスの手が、払われる。


「……アウルは人の気持ちがわからないんだ!」

「セティ……落ち着いて」


 アウレリウスは椅子から立ち上がり、セティの手首を掴もうとする。

 それも、振り払われる。


「触らないで!」


 セティの涙が、止まらない。


「僕はアウルが好きだから、ずっと一緒にいたいのに!

 どうしてそんなことを言うの!」


「セティ、話を――」

「アウルなんか大っきらいだ!

 出てって!

 僕を一人にして!」


 アウレリウスは、蒼白のまま立ち尽くした。

 彼の瞳からも、静かに涙がこぼれる。


「……出てって」


 震える声。


 やがてアウレリウスは、俯き、息を吐き、 静かに部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 残されたセティは、シーツを強く握りしめる。


「……今だけは、優しくできない」


 声が崩れる。


「ひどいよ……アウル……」


 彼は、ひとり、声を上げて泣いた。


 ◇


 世界は、何も答えない。


 理は正しく、

 神々は沈黙し、

 選ばれた血は、次を待つ。


 壊れたものも、

 壊れなかったものも、

 等しく世界の中にある。


 それでも、

 誰かが何かを選んだ痕跡だけが、

 静かに残る。


 城は、今日も湖畔に立っている。

 変わらぬ姿のまま。


 ただ一つ、

 立つ場所だけを、

 少しずらしたまま。




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