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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
正編 第二章『境界に触れる』
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2-3 世界の決まり


 朝はたいてい、セティの方が先に目を覚ます。


 着替えを終えて窓を開け放つと、背後で衣擦れの音がした。

 振り返ると、伸びをしながらアウレリウスが歩み寄ってくる。


「おはよう、セティ」

「おはようございます、アウル」


 朝の金色の光が、彼の長い髪に弾かれた。

 アウレリウスがセティの肩をそっと抱き寄せる。


 彼はいつも、朝起きると、まずセティを抱きしめる。

 温かな手を背に添え、首をわずかに傾けて、頬をセティの髪に押し付ける。


「大好きだよ、セティ」

「……アウル、僕もです」


 腕を解くと、彼はじっとセティの緑がかった灰色の瞳を見つめ、ふっと笑った。

 そして、額に短くキスを落とす。


 それ以上は何もせず、踵を返して静かに着替え始める。


 セティは視線を落とし、踵を返すと、テーブルの上に櫛と細い革紐、深緑の細いリボンを並べ始める。

 髪を整えるための、いつもの準備。


 こうして、彼らの朝は始まる。




 朝食を終えると、城の手入れをそれぞれに行う。

 役割は自然と決まっており、言葉を交わさずとも、淡々と日々をこなしていた。


 この日、セティが受付室に入ると、アウレリウスは静かに執筆していた。


 音を立てぬよう、彼の背後のソファに腰を下ろし、本を開く。

 鳥のさえずり。

 ペンを走らせる音。

 ページをめくる、かすかな音。

 この部屋にあるのは、それだけだ。


 鐘楼の音が遠くで鳴った。


 いつの間にかアウレリウスはペンを置き、小窓の外を眺めている。

 ふと思い立ったように立ち上がり、セティの隣に座った。


 しばらく横顔を見つめてから、ふわりと抱きしめる。

 セティが本から顔を上げなくても、何も言わない。

 彼が何を読んでいるのかを、アウレリウスが尋ねたことは一度もなかった。


「明日は雨が降るかも。雨の匂いがする」

「そうですか」

「明日もお客さんは来ないかもね。雨のお城も綺麗なんだけどな」

「そうですね」

「……セティは、晴れの日のお城と雨の日のお城、どっちが好き?」

「……」

「どっちも好きじゃない?」

「アウルがいるお城なら、どんな日でも好きです」


「そっか」


 アウレリウスは立ち上がり、セティの正面に立つ。

 そして、少年の額にキスを落とし、小窓の前の机へ戻っていった。


 セティはその背中をしばらく見つめてから、また本に視線を落とす。




 夜。


 月光と、テーブルに置かれた小さな燭台の明かりだけが、部屋を満たしていた。


 大きなソファに並んで座る。

 セティは背筋を伸ばし、アウレリウスは足をソファにのせ、彼に寄りかかるように座っている。


 セティが本を閉じ、膝の上に置いたまま蝋燭の火を眺めていると、姿勢を変えたアウレリウスがそっと手を伸ばして指を絡めた。


「セティ」

「はい」

「愛してるよ」

「僕も、愛しています」

「セティ、君は美しいよ」

「アウルも、美しいです」

「セティ。君が嫌がることは、誰にもさせてはいけない」

「はい。アウルも、です」


 ――いつもの、確認。


「寝ようか」

「はい」


 アウレリウスが燭台を持ち、ベッドへ向かう。

 その後ろを、セティが静かについていく。


 セティがベッドの縁に腰を下ろすと、アウレリウスは燭台を置き、そっとセティを抱きしめた。


「おやすみ、セティ。また明日」

「はい。おやすみなさい」


 腕を解き、ふわりと微笑んで、自分のベッドへ入る。

 そして息を吹き、蝋燭を消した。


 部屋に残ったのは、月光だけだった。


 シーツに散る金の髪を、セティはしばらく座ったまま見つめていた。

 やがて小さく息を吐き、横になる。



 アウレリウスは人に触れたがる。

 セティにも、幾度も触れる。


 だが、キスは額にしかしない。

 抱きしめ、手を握っても、それ以上はない。


 アウレリウスは、決して境界を越えない。


 それが、彼の中の

 “世界の決まり”だから。




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