水を待っていた人たち
七日分の勤務を終えて、私の試用期間は終わった。正式登用へ、ではない。今月末までの臨時勤務として続けることを、ドルン女史が認めた。
次の更新があるかどうかは、また月末に判断される。半年の実績が認められれば、登用の話に回す。
最初の賃金は、宿と食事を払って、少し残った。
父には、まだ何も書いていない。書けば、返事に縁組の話がついてくる。
その数日後、アーベルが目録から引いた写しを持ってきた。給水の記録。井戸の管理簿と、水路の敷設と修繕の帳簿――地区名ではなく、設備番号で引ける系列のものだった。
「九十年前、赤斑病のあいだ、王都はいくつかの区へ臨時の送水をしています」彼は一枚を指した。「そのうちの一系統に、設備番号がついている。第十一号送水口。ただ――」
「地区名が、今と違う」
「帳簿では『南外区第三』へ送っています。でも、その呼び名は五十年前の区割り改めでなくなっていて、今のどこにあたるのか、記録だけでは確定できない」
私は旧市街図を出した。百年前の図には『南外区第三』がある。位置は、静区の南の縁――私たちが図を重ねて浮かせた、あの二又の道のあたりだった。
「図の上ではつながります」私は言った。「でも、図と現地がずれていることは、この数日で何度も見ました。第十一号送水口が今もあるなら、刻印を見て、地図の位置と合わせたい」
「現地に行く、ということですか」
「壁の外から、確認できるところだけ」
文書館が早じまいの日、私たちは外周へ向かった。
第十一号送水口は、静区の外周に沿った作業通路の途中にあった。通路には鍵がかかっていて、王都救護隊が管理していた。
立会いを頼みに行くと、隊士が一人出てきた。背が高く、袖をまくっている。カヤ・ロートと名乗った。
「赤斑病のころの給水設備を見たいんです」私が用件を言うと、彼女は少し考えた。
「調べるのはいい」と彼女は言った。「担架の通り道を塞がないで。それから、触る前に聞くこと。あの通路は、うちが人を運ぶのに使う。あなたたちの九十年前より、来週の急病人のほうが先」
「わかりました。短い時間で済ませます。立ち会っていただけますか」
「行く。どうせ確かめないと、あとで面倒だから」
通路は狭く、片側がまるごと静区の壁だった。壁は高く、上のほうに、板でふさがれた小窓の跡がいくつも並んでいた。
第十一号送水口は、石の函のような設備だった。
「触っても?」私はカヤに訊いた。
「外側だけなら。蓋は開けないで」
蓋の縁に番号が彫ってある。「一一」。そのわきに、送り先を示す古い刻み――『南三』。修繕簿では、この番号は五十年前の区割り改めのあとも、付け替えられずに引き継がれていた。
私は旧市街図の上に、通路の曲がりと、壁の角を当てていった。合った。第十一号送水口は『南外区第三』へ水を送っていて、その先は、壁の内側だった。
「ここまでは言えます」私はアーベルに言った。「この設備の番号と、送り先の刻みが、修繕簿の記載とつながりました。ここは、封鎖された区画へ水を送っていた」
「いつ止めたか、誰が止めたかは」
「まだわかりません。水が止まっていたのか、足りなかっただけなのかも、ここからは言えません。函の中の仕組みを見て、記録を別に探さないと」
壁の向こうは見えなかった。夢の路地がどこにあるのかも、ここからではわからない。わかるのは、位置の関係だけだ。
それでも壁に手を当てると、石は冷たかった。夢で聞く叩く音が、この内側のどこかから来ているのだと、紙の上でなく、初めて体で思った。
刻印をよく見ようと、私は函のわきにしゃがんだ。石が湿っていて、指先が冷えた。
アーベルの手が、支えるように動いて、途中で止まった。
「支えは要りますか」
「立つときだけ、お願いします」
読み終えて立ち上がるとき、私は彼の腕に手を置いた。上着の下の腕は、思っていたより温かかった。「左です」と言われた日から、たぶん何かが変わっていた。どちらが変えたのかは、わからなかった。
通路を戻りながら、カヤが訊いた。
「で、何を調べてるの。九十年前の水道の、何がそんなに大事なわけ」
私は、給水申請の不一致を話した。避難が完了したとされる、その翌日の日付で、封鎖区からの給水申請を却下した記録が、先祖の職務記録に残っていること。
カヤは少し歩いてから、立ち止まった。
「その申請、何人分だったの」
私は答えられなかった。
「控えには、人数を書いていません。原本にあったかどうかも、確かめないと」
日付と「却下」の文字は覚えていた。その申請に、どれだけの水が必要だと書かれていたかは、思い出せなかった。
「調べます」
帰り道、救護隊の詰所の前で、女の子が水桶を両手に持ち替えた。私はその大きさを見た。あれ一杯で、何人が、どれくらい待てるのだろう。




