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私の明日を、知らないあなたへ  作者: ぽんちょ。


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二人分の条件

記念祭まで、あと十日。


 アーベルは、調査控えの確認済みの欄に書いた一行を、まだ見ていた。研究記録上、失敗条件成立時に操作者との生存接続が失われていれば、復元は実行されないと記されている、その一行だった。


 しばらくして、彼が言った。「退避の順で、あなたを先に出そうとしたことも、呼び手を代われないかと申し出たことも、俺は、自分が生き残ることを、復元の条件に数えないまま考えていました」


 私は、それを責める言葉には変えなかった。「今までの周では、二人のうち、死ぬのは私だけでした。あなたの生存を、復元の条件として数える理由がなかった」


「はい」


「死ぬつもりだった、とは言わないでください」


「言いません」彼は言った。「死んでもいいと思っていたわけではない。数えていなかっただけです」


「私が生きても、あなたが死ねば、それは成功ではありません」


「はい」


「二人とも生きて、記念祭の日没を越えます。それを今回の条件にします」


「わかりました。自分も生きて退避できる条件を、必ず入れます」


 絶対に死なない、とは約束できない。だから、そうは言わなかった。死を費用に含めない。今回、決めたのはそれだけだった。


 その違いを、証言の欄に書き留めた。


 増えていた調査控えを、最初に二人で署名した紙を先頭にして、一冊へ綴じ直した。その表紙裏に、一行を書いた。二百人の名を収めた対照表ではなく、初めて二人で署名した、あの控えのほうへ。


 ――二人とも生きて、記念祭の日没を越える。


 翌日から、修復番号を追った。


 宝物庫の遺物に残っていた修復番号を、神殿工房へ提出した。工房側は、修復台帳と作業図を照合したうえで、番号、総頁数、作成日、確認者を記した認証写しを作った。文書館にある研究記録の旧構造図と、マルタ、ドルン女史、私で照らした。


 時間復元機構は、後から組み込まれたものではなかった。旧構造図によれば、最初から同じ筐体の中にあった。研究が中止されたあと、機構そのものは取り外されず、接続板の向きを変えて、臨終視の回路から切り離した状態で残されていた。


 認証写しに含まれる修復完了時の配置図では、接続板は旧構造図と逆向きだった。作業記録の参照資料欄に、旧構造図の番号はなかった。その向きで二つの回路がつながることは旧構造図から読め、二日前の本体検査で反応した位置とも一致した。


 接続板が逆向きに戻され、それによって二つの回路がつながったことまでは、図面から確認できた。意図的に向きを変えたことを示す記録はなかった。今ある資料に最も合うのは、片方の構造しか知らないまま行われた修復だった。


「一人の悪意に閉じるほうが、まだ簡単ね」ドルン女史は言った。「ここに残っているのは、分けられた記録と、その片方だけで行われた作業よ」


 接続板は、物理的には、元へ戻せるという。


 だが、今は、私とアーベルを結ぶ契約が稼働している。稼働中に回路だけを切れば、契約記録、アーベルが保持してきた記憶、二人の身体への影響の、どこが損なわれるかはわからない。研究記録にも、稼働中に切断を試した記録はなかった。


 だから、「装置を直す」は、今回の解除手段にはできない。先に未了の弔いを閉じ、呪い側の接続が消えたかを確かめる。それでも装置には触れず、二人で記念祭の日没を越え、契約の終了を確認する。そのあとで、接続板を戻すための修復に入る。現在の資料から、安全側として選べるのは、その順番だった。


「では、儀式のあいだも、装置は動いたままですか」アーベルが訊いた。


「動いたままです」マルタは言った。「止め方がわからない以上、動いたままにしておくほうが、まだ安全側です」


「触らないことを」マルタは続けた。「消極策ではなく、判断として記録します」


 修復時の誤接続についての調査報告と、旧補遺の準用申請は、同じ日に中央祭務局へ届いた。


 返答が届いたのは、翌日だった。保留だった。未知の時間復元機構が稼働している状態で、旧い祭式を行うのは危険がある、審査が終わるまで待て、という内容だった。


 言い分そのものは、筋が通っていた。返答には、審査の対象と手順まで、具体的に書かれていた。事故を隠すための引き延ばしだとは、決めつけられなかった。ただ、通常の安全審査には数十日かかるという。記念祭には、間に合わない。


「記念祭のあとに、あらためて審査する」という案も添えられていた。二百人の弔いは、さらに先へ延ばされる。私たちにとっては、記念祭のあとでは間に合わない。


 その日のうちに、神殿側の返答が、二つの案件を一つに束ねていることに気づいた。


 遺物の修復事故と、時間復元機構の安全審査。二百人の未帰還者に対する、未了の弔い。関連する可能性はあっても、同じ申請ではない。


「呪いが解けるから、弔うのではありません」私は書面に記した。「九十年間、弔籍に入れられなかった二百人がいるから、終祭を進めるんです」


 対照表、補表、照会回答、旧祭式の適用条件。旧祭式の準用を申請する公的根拠は、この四つで、すでにそろっていた。


 ただし、この四つだけでは、私を呼び手として認める根拠にはならない。儀式を行う根拠とは別に、呼び手の資格を示す資料として、夢と症状の記録、命令書の検査結果、私が原文を読んだ時期を添えた。接続がある可能性を示すためであって、儀式で呪いが解けると保証するためではなかった。呪いが解けるという推測は、申請目的から外した。


 神殿側が挙げた危険そのものにも、答える必要があった。マルタは、祭式が装置本体にも復元回路にも触れないことを、申請書に明記した。干渉の可能性を完全には否定できない、とも書いた。そのうえで、儀式の前後に同じ検査枠で境界と契約の状態を確認すれば、異常が出た場合は、そこで分かるという監視方法を添えた。


 延期の危険は、旧祭式の側にはなかった。弔いを行う公的根拠は独立して成立しており、時期をずらしても消えない。危険があるのは、私とアーベルの側だった。過去二十二周、私は判定期限に死亡している。今周は、アーベルにも同種の症状が現れており、操作者との生存接続が失われれば復元は実行されない、と研究記録にある。装置には、記念祭の日没という判定期限が、すでに刻まれている。実施を先延ばしにすれば、その期限のほうを、二人だけで越えることになる。弔いの根拠、装置へ触れない設計、残る干渉の可能性、監視方法、そして実施した場合と延期した場合それぞれの危険。それらを比べたうえでの申請だと、はっきり書いた。


 マルタは、祭式の根拠と、装置についての推測を、分けた意見書を書いた。祭式についての意見書には、対照表、補表、照会回答、旧祭式の適用条件を記した。装置についての意見書には、修復番号と誤接続の経緯だけを記し、両者を結論として結びつけなかった。ヨナスは、執行司祭として、弔いをさらに延期する理由はないと署名した。館長が証明したのは、認証副本の作成経緯と、原本との一致だけだった。


 あわせて、儀式の安全条件も書き添えた。私が応答できなくなる、行を追えなくなる、立っていられなくなる場合は中止する。アーベルに、覚醒中の叩音、歩行の異常、意識の混濁が出た場合も中止する。


 中止の判断は、当初マルタ一人の役割として書かれていた。私は、カヤの名も加えるよう申し出た。現場の安全確認は、これまでもカヤの役割だった。今回だけ祭務官一人に任せる理由はない。マルタは祭式と境界の状態を、カヤは身体と現場の安全を判断する。続行には二人の同意が必要で、どちらか一人が中止を判断した時点で止める、という形に改めた。


 ヨナスは、読み上げられた名を弔籍へ受ける。アーベルは護衛にあたるが、退避時は現場安全担当者が指定した順に従い、護衛判断だけで変更しない。認証副本と弔籍以外の原本は、壁へ持ち出さない。


 マルタが判断を保留していた、途中交代と中断後の再開についても、申請とあわせて中央祭務局へ照会した。儀式は、許可が下り次第、最短の日程で行う。記念祭当日まで、待たせることはしなかった。


 承認が下りたのは、その二日後だった。装置の安全審査から切り離したことで、審査対象は旧祭式の適用条件、呼び手の資格、安全手順だけになった。


 承認書には、実施条件として、一度の儀式を一人の呼び手が行うこと、中断した場合は続きからではなく最初の名からやり直すこと、そして儀式の前後に添えた監視方法を実際に用いることが、記されていた。旧補遺だけではわからなかったことが、これで一つ、正式な条件になった。危険が消えたのではなく、比べたうえで認められた、ということだった。


 場所は、静区外周のうち、旧市街図と現地確認で位置を確定した二又と井戸に最も近く、退避路を確保できる境界。実施日は、三日後に決まった。


 カヤにも安全条件を見せた。彼女は壁際の配置図を開き、現場を一度確認したうえで、退避先までの一本の線を引いた。


「中に入ったときとは、別の経路にする。壁から離れる方向へ戻る。私かマルタのどちらかが止めたら、続けない。それで引き受ける」


 カヤは、現場安全担当の欄に署名した。


 成功しても、記念祭の日没を越えるまでは、装置の契約が終了したと確認できない。失敗すれば、もう一度準備できる時間は、ほとんど残っていなかった。


 儀式は、三日後。


 その三日後に、記念祭が来る。


 調査控えの同じ頁に、二つの日付を書いた。


 儀式の日。呼び手、リーゼ・マイヤー。護衛、アーベル・レント。


 記念祭の日没。保護対象、リーゼ・マイヤー。操作者、アーベル・レント。


 どちらの日にも、二人の名があった。


 アーベルは、その頁を、長く見ていた。何かを言いかけて、結局、何も言わなかった。


 今度は、片方を失うことを、計画には入れなかった。


 記念祭まで、あと六日。

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