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私の明日を、知らないあなたへ  作者: ぽんちょ。


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復元の外

記念祭まで、あと十二日。


 マルタが、儀式参加者の安全確認を理由に、臨終視の遺物への非接触検査を申請した。


 アーベルは、最初の周での使用状況を、証言としてあらためて書いた。私の死後、葬送の一環として触れた。次に目を開けたら、三月前だった。


 神殿の使用簿は、今日の日付までしかない。アーベルが証言する使用日は、今の暦ではまだ来ていなかった。


「正式な葬送で使われたなら、記入されるはずです」マルタは言った。「ただ、以前の時間で記入の前に巻き戻ったのか、記入された紙ごと戻ったのかは、確かめられません」


 記録がないことを、使われなかったことにはしなかった。アーベルの証言は、証言のまま残した。もし再び巻き戻れば、今周で作った紙の記録も残らない。今ここで照らせるのは、彼の記憶と、遺物の内側に何か残っているかどうかだけだった。


 許可が出たのは、翌日だった。


 宝物庫には、マルタ、私、アーベル、宝物庫の管理者が入った。遺物は、他の祭具と同じ番号付きの収納箱に収められていた。時間を戻すものだと示す扱いは、どこにもなかった。


 誰も、遺物には触れなかった。臨終視の作法も、行わなかった。マルタは、祭具検査用の枠を、遺物に触れない位置へ組んだ。枠に張った検査紙へ、内部の結びつきだけが、線として移る仕組みだという。


 通常の臨終視なら、使用後も続く結びつきは残らないはずだという。だが、この遺物には、今も消えていない結びつきがあった。


 検査紙には、日時を示すらしい記号と、実行回数らしい数値が、線として現れた。日時を示すらしい記号は、今の暦ではまだ来ていない、今度の記念祭の日没を示していた。数値は、二十二。


 名が文字で刻まれていたわけではない。私とアーベルが、一人ずつ検査枠の前へ立ち、どちらの線が応じるかを、マルタが二度ずつ確かめた。私が立つと、片方の線が強くなった。アーベルに替わると、もう片方が強くなった。


 今の暦ではまだ来ていない日付と、二十二という数値が、この場でしか見えない形で、遺物の内側に残っていた。私は、それを見たまま、しばらく何も書けなかった。書けることが見つかってから、ようやく紙に写した。


 遺物の外側には、臨終視の祭具番号があった。保守札には内部の部品配置が記されており、検査紙で反応した位置には、現行目録にない機構番号が割り振られていた。その札に、数年前の修復番号も残っていた。


 現在の神殿目録で説明できるのは、臨終視の祭具番号だけだった。機構番号のほうは、今の分類にない。修復番号からは、交換部品か内部機構の管理番号までは追えそうだったが、修復の誤りだったとは、まだ言わなかった。


 マルタは、番号と反応位置だけを記録し、宝物庫の管理者にも、確認署名を求めた。管理者は、機構番号のほうには、見覚えがないと言った。それも、そのまま書き留められた。


 検査記録、管理者の確認署名、機構番号、そして儀式参加者の安全確認という目的。この四つを根拠に、館長が、技術資料の所在確認と限定閲覧を許可した。文書館へ戻り、ドルン女史と調べた。検索の順は、いつもと同じ、番号からだった。修復番号。部品と機構の番号。旧技術目録。研究資料の移管番号。番号から研究資料へたどり着くまで、さらに一日かかった。


 時間復元機構の研究記録は、文書館へ移されていた。静区関係の資料と、同じ時期に別置されていたが、同じ箱ではなかった。技術資料として、別の分類に置かれていた。静区関係資料と同じ時期に移された理由も、なぜ別の分類へ分けられたのかも、記録からはまだわからなかった。


 読む前に、マルタが非接触検査をした。この検査で拾える術式反応は、なかった。


 研究記録は、感情の入らない仕様書として書かれていた。


 復元可能な遡及範囲は、最大九十二暦日。装置は、保護対象、失敗条件、判定期限、復元時点、操作者を記録する。判定期限までに失敗条件が成立すれば、復元を実行する。契約起動時、臨終視が取得した死亡が復元可能な範囲内にある場合は、その死亡を成立済みの失敗条件として登録し、初回の復元を実行する。復元を実行した場合、判定期限は、復元後に次に到来する同月同日の同時刻へ更新される。保護対象が期限を越えて生存すれば、その時間を確定し、契約を終了する。契約記録と操作者の記憶は、復元の対象から外される。失敗条件が成立した時点で、操作者との生存接続が失われている場合、復元は実行されない。


 最後の一項は、人で試して確かめた記録ではなかった。それでも、仕様として、そう書かれていた。研究記録の書き手が、誰の顔も思い浮かべずに書いた一文だということが、かえってよくわかった。


 宝物庫で読んだ記号を、研究記録の欄へ、一つずつ対応させた。


 契約起動時刻――アーベルが遺物に触れた時刻。基準死亡時刻――第一周の記念祭の日没。保護対象――リーゼ・マイヤー。失敗条件――保護対象の死亡。判定期限――直近の更新により、記念祭の日没。復元時点――基準死亡日の九十二日前に当たる日の朝。すなわち、アーベルの証言にある最初の朝。操作者――アーベル・レント。復元実行回数――二十二回。


 起動の時刻と、基準になった死亡時刻は、別だった。アーベルが遺物に触れたのは、私が死んだあと、葬送の作法としてだった。臨終視は、触れた者に、保護対象の最期の瞬間を映す。時間復元機構は、その記録を、判定の基準として共有していたらしい。契約が起動した時点で、その死亡は、すでに復元可能な範囲内にあり、成立済みの失敗条件として登録された。だから、触れたのが死後であっても、そこから最初の復元が起きた。以後は、復元が起きるたびに、判定期限が次に到来する同月同日の同時刻へ更新されてきた。今の判定期限も、その更新を重ねた先の、記念祭の日没だった。


 起動を記録した日は、今の暦ではまだ来ていない。契約記録だけが、復元の外に残ったためだった。


「アーベルの証言と、装置の仕様を照らす証拠としては、十分です」マルタは言った。「実際に人を死なせて確かめた結果ではありません」


 基準死亡時刻には、見覚えがあった。境界聖別が確定した日時と、終祭未了のまま境界が更新を重ねてきた、その同じ月日と時刻。二つの時刻が一致することは確認できた。ただし、その一致だけでは、境界更新が私の死を引き起こしたとまでは認定できなかった。


 マルタは、見立てを一つ示した。命令書原本を理解して読むと、未了の境界との接続が成立し、夢、寒気、二拍などの症状が、平時から現れる。境界が年次更新される時刻には、その接続への負荷が最も強くなり、意識や呼吸に致死的な異常を起こす可能性がある。確認済みではなく、見立てにすぎない、とマルタは念を押した。私は、それを推測の欄に書いた。


 その見立てでは、接続は静区との物理的な距離ではなく、命令書原本を読んだ者に残る。過去に国外へ移っても死亡時刻が変わらなかったことは、その見立てと矛盾しなかった。


 死に方が周ごとに違う理由も、ここで一段だけ整理できた。アーベルの証言では、直接見届けた周では、死の直前に寒気、二拍の音、意識の途切れが共通していた。転落や火事の周にも、同じ身体異常が事故につながった可能性はある。ただし、彼がすべての死を直接見届けたわけではなく、各周で同じ前兆があったとは確認できない。術式が事故そのものを起こした、とまでは書かなかった。確認できたのは、共通する身体異常があったこと、外形の違いはそのときの状況によるかもしれない、というところまでだった。


 確定したのは、ここまでだった。臨終視の遺物の内部に、時間復元機構がある。契約は、今も続いている。契約の内容と、二十二回の実行記録。研究記録上、操作者との生存接続が失われれば、復元は実行されないと記されている。


 なぜ、使われないはずの時間復元機構が、同じ筐体(きょうたい)の中に残っていたのか。いつ、臨終視の回路とつながったのか。修復の工程と、どう関わっているのか。事故か、それとも、意図した改造か。神殿の上層が、どこまで知っているのか。どれも、まだわからなかった。わからないことを、わかったことの隣に、そのまま並べて残した。修復番号は、その先を探すための、次の手がかりとして残った。


 研究記録を閉じたあと、調査控えを開いた。


 確認済みの欄の最後に書いた。研究記録上、失敗条件成立時に操作者との生存接続が失われていれば、復元は実行されないと記されている。


 アーベルは、その一行を、私の隣で読んだ。何も言わなかった。


 私が死ねば、あの最初の朝へ戻る。


 彼が先に死ねば、どこへも戻らない。


 研究記録では、保護対象の死亡と、操作者の存続が、同じ大きさの文字で条件として並んでいた。


 記念祭まで、あと十日。

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