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私の明日を、知らないあなたへ  作者: ぽんちょ。


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埋めた場所

記念祭まで、あと十三日。


 先日完成した氏名・所属対照表には、管理番号を付け、本件の照合記録として独立に綴じた。処理簿には、その番号と総頁数、作成者、保管場所だけを記した。ドルン女史が、頁番号、作成者、各照合者、根拠資料番号、訂正履歴を、一つずつ確かめた。


 戸別申告札などの市有資料は、引き続き一時保管のまま、対照表ができたからといって返却も混在もさせなかった。館長は、内容を全面的には認定しなかった。館として証明したのは、「本件照合担当者が作成し、根拠資料を追跡できること」だけだった。


 ヨナスとマルタが、一般の手順書と対照表を照らした。


 封鎖当日、二百六人全員に、名前と当時の所属がある。六人は、区域外での生存を複数記録で確認済み。残る二百人は、封鎖当日に内側にいて、その後の生存記録がない。偽の避難先と、本来の所属の対応も、記録されている。


「名前がそろったことと」ヨナスが言った。「死者として弔籍に入れられることは、同じではありません」


 一般の終祭が求める、死亡を示す記録と、埋葬先。この二つが、二百人ぶん、そろっていなかった。


 私は、対照表そのものは直さなかった。人物番号を引いた、終祭用の補表を新しく作った。死亡の扱い――未確定。個別埋葬先――未確認。


 完成した表の隣に、また空欄のある紙が増えた。


 一般手順書の参照条項に、古い特例への番号が残っていた。


 特例が指定する照会先は、限られていた。封鎖後の境界通過・救出記録。遺体搬出記録。市の共同埋葬記録。周辺教区の埋葬簿。教区間の移転・引取記録。そして、すでに調べてある後年の生存記録。


 市から返った照会回答、ヨナスが作った署名入りの抄本、文書館に残した照合票を、照会先ごとに並べた。六人以外については、この指定された記録のどこにも、区域外への移転、生存、遺体の搬出、埋葬を示す記載がなかった。死亡の証明ではない。定められた照会を、尽くしたという確認だった。


 私は、補表に一本、線を引いた。二百人を「死亡確定」とは書き換えず、新しい分類を作った。封鎖時所在確認済み。区域外生存記録なし。弔籍上の未帰還者。


「この手順は」マルタが言った。「死因や死亡時刻を認定するものではありません。帰らなかった者を、弔いからも除外したままにしないためのものです」


 埋葬先がない場合の作法は、現行の手順書にはなかった。廃止された『防疫境界規定』の付属祭式、その旧補遺にあるという。マルタは、内容を暗記しては答えなかった。中央神殿から、正式に取り寄せることにした。翌日まで、かかった。


 旧補遺にあったのは、「弔われぬ死者の儀」だった。個別の遺体、墓所を確認できない。閉鎖区域そのものが、最終所在である。死者または未帰還者の名と、本来属していた家、教区を、新しく結び直した記録がある。偽記録や旧弔籍そのものではなく、訂正根拠を備えた新規の記録を用いる。境界の外側から、一人ずつ名と所属を読み上げる。儀式のあと、境界聖別を解除する終祭の工程へ進めるかを、祭務官が確認する。


 旧補遺と同じ束に、廃止前の『防疫境界規定』本体の写しも綴じられていた。終祭が未了のまま残る境界は、聖別が確定した月日と時刻に、毎年、状態を更新する、とあった。静区の境界聖別は、九十年前、現在の記念祭と同じ月日の、日没に確定していた。以来、境界は、毎年その日没に、同じ状態を更新し続けていたことになる。


 条文には、更新を受け取る接続者がいない場合の扱いまでは、書かれていなかった。命令書は、家では叙爵関係の束に折り込まれ、個別の文書名さえ目録に載っていなかった。少なくとも現存する保管記録には、本文の翻刻や貸出しの記録がない。九十年間、誰も接続しなかったとは断定できない。それでも、長く原文を通読されなかった可能性はあった。原文を理解した読み手との接続が成立しないかぎり、境界更新の影響が外へ流れる経路も生じなかった可能性がある。


 補表には、二欄に分けて書いた。個別埋葬先――未確認。特例上の最終所在区域――静区内。もう一欄、呼びかけを行う境界――静区外周の指定地点、も足した。


 壁の前で行う理由は、壁が墓だからではなかった。個別の埋葬先へ行けない以上、生者と未帰還者を分けた最後の境界を、一人ずつ名を呼びかける場所にする、という制度だった。


 ただし、旧補遺があるだけでは、今の神殿がその儀式を執行できるとは限らない。一般手順書には、後継の祭式がない未了案件について、中央祭務局の承認を得れば旧補遺を準用できる、という経過条項があった。マルタ一人の判断では、実施できない。実施の申請と承認は、これからだった。マルタは、その場で準用申請の用紙を出した。ヨナスは、執行司祭の欄に署名した。今日わかったのは、使える可能性のある手順が見つかった、というところまでだった。


 この儀式に用いる記録も、対照表と補表を合わせ、原本と一致することをドルン女史と私が確認し、管理番号、頁数、作成日、認証日を記した認証副本にする、と決まった。館長が証明するのは、作成手続きと原本の一致であって、内容の当否ではない。「訂正根拠を備えた新規の記録」に当たるかどうかは、マルタがあらためて確認する、ということになった。


 なぜ九十年、この儀式が行われなかったのかも、はっきりした。


 特例を申請するには、未帰還者全員の名と、区域外へ出ていないことを示す照合結果の、両方が必要だった。神殿の祭儀記録では、十二人が氏名未記載のまま残り、行政からは、全員避難済みという虚偽の回答が返った。必要な二つの根拠が、どちらもそろわなかった。


 当時の祭務官が、手順を知らなかったのではない。行政側は、十二人が封鎖時の付随者と同一人物であることも、本来の所属も示さなかったのだ。その後、照会の記録は館長預りとなり、再検討されないまま、九十年が過ぎた。


 対照表と儀式の作法がそろっても、マルタは、これで呪いが解けるとは言わなかった。


 私は、命令書が未了を完了したことにしていると言った。ヨナスは、弔籍が名と所属を結び直されないまま未了だと言った。マルタは、命令書を接続点にしている術式が、その矛盾に結びついている可能性がある、と言った。


 三人の結論は、同じ形をしていた。正しい記録で、未了の弔いを行えば、接続が閉じる可能性はある。ただし、保証はできない。


「終祭を進める根拠はあります」マルタは言った。「あなたがたの症状まで消えると認定する根拠は、まだありません」


 旧補遺には、通常の司祭だけでは足りない条件があった。境界の内側からの知らせを受けるなどして、未帰還者との接続が生じている者が、名を読み上げる。役割は三つに分かれた。ヨナスが司祭として儀式を執行し、読み上げられた名を弔籍へ受ける。マルタが祭務官として境界の状態を監督し、儀式後に終祭の工程へ進めるかを判定する。呼び手は、認証副本から、名と所属を読む。


「俺が、呼びます」アーベルが言った。「俺にも接続はあります。症状も、俺のほうが強い」


 私は、感情だけで拒まなかった。魔術的にどちらが適するかは、マルタにもわからない。二人とも、資格を満たす可能性がある。それだけだった。


 ただ、対照表を作り、二百人の名と根拠を、いちばん把握しているのは私だった。読み違いや、行のずれに、早く気づける。アーベルは、命令書を読んだあとから夢の拍子を聞き、寒気も訴えている。覚醒中の叩音と、歩行の異常もある。二百人を、最後まで読み上げる作業として見たとき、安全なのは私のほうだった。


「私が呼びます」私は言った。「私だけができるからではありません。今わかっている条件を並べると、私がするほうがいいからです」


「危険が出たら、止めます」


「止める条件を、先に決めます」


「リーゼが続けられなくなった場合、俺に代われませんか」アーベルが訊いた。


「途中で呼び手を替えられるかは」マルタは言った。「旧補遺だけでは、判断できません」


「もし、あなたが死んだら」私は、初めて、正面から訊いた。「時間は、戻るんですか」


「わかりません」彼は言った。「試したことはありません。俺が死んだあとに何が起きるかは、俺には観察できません」


 マルタが言った。「神殿の祭具には、使用時に誰と何を結んだか、その痕跡が本体に残るものがあります。臨終視の遺物にも残るかは、宝物庫で調べなければわかりません」


 調べるべきものは、まず一つだった。宝物庫にある遺物本体に、使用時の結びつきが残っているか。そこで時間を戻す働きの痕跡が見つかれば、その仕組みを記した資料がないか、あらためて探す。


 埋めた場所は、最後まで見つからなかった。それでも、名を呼ぶ場所は決められた。


 アーベルが死んだあとにも、時間は戻るのか。照らせる記録があるのかさえ、私たちは、まだ確かめていなかった。


 記念祭まで、あと十二日。

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