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私の明日を、知らないあなたへ  作者: ぽんちょ。


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助手一名

三日後、文書館、市、神殿の三つの許可がそろった。記念祭まで、あと十八日。


 市の許可には、旧区役所への立入り、必要な場合の錠の撤去、発見した文書の一時的な保全搬出まで明記されていた。所有権は市に残る。王立文書館は、一時保管するだけだ。


 アーベルの護衛申請も、条件つきで認められた。覚醒中の叩音、足元の揺れ、強い寒気が出た場合は、全員がその場で作業を止める。継続できるかは、カヤが判断する。短時間に再発した場合、または歩行に異常が出た場合は、直ちに退区する。本人の判断だけでは、覆せない。


 アーベルは、その条件に、迷わず署名した。四人目の欄に、彼の名が移された。空いていた欄が埋まるのを見て、私は、それだけで少し息をついた。


 管理扉の外には、救護隊の待機要員と、代わりの護衛を一人、置いた。入区の直前、カヤがアーベルの体調を確かめ、任務可能と判断した。内へ入るのは、私、カヤ、マルタ、アーベルの四人。


 カヤが、経路と滞在時間と退避の合図を、もう一度確かめた。事前に定めた一本の経路から外れない。建物の中で、二手に分かれない。合図は、笛を一つ短く。走らず、来た道を戻る。


 マルタは、境界の聖別を解かなかった。管理扉を通ることが境界を傷つけないことだけを確認し、入区者の人数と時刻を記録した。「これは、境界を開く儀式ではありません」マルタは言った。「決められた扉を、決められた人数で、決められた時間だけ通る。それだけです」


 扉を越えても、派手なことは何も起きなかった。ただ、空気が違った。埃の積もり方が均一で、足音の返りが薄い。風の通り道がないせいか、匂いも、外とは別のものだった。九十年、閉じられたままの街というのは、こういう手触りをしているらしい。


 資料の上でしか知らなかった通りを、実際に歩いた。図面の線が、足の下の石畳になっていた。


 旧市街図と、現地の街路標を照らしながら進んだ。二又の道。蓋をした井戸。煉瓦で塞がれた右の道。図面の上にしかなかったものが、実際にそこにあった。


 夢と一致しているからといって、夢がそのまま過去を正確に写しているとは、まだ言えない。私は、井戸の位置、道幅、煉瓦の状態を、現地確認として記録した。夢ではなく、今、目で見た根拠として。


 同じ景色を、アーベルも見ているはずだった。彼が何も言わなかったので、私も、夢の話はしなかった。今は、現地の寸法のほうが、確かな仕事だった。


 井戸の前で、アーベルの足が止まった。


「音が近い」


 私にも、カヤにも、マルタにも、何も聞こえなかった。


 カヤが、即座に休止を命じた。アーベルは、進めます、とは言わなかった。決めた手順のとおり、動きを止め、その場にしゃがんだ。誰も、彼に無理をさせなかった。症状が弱まったのを確認してから、再開した。ただし、滞在できる時間は、短くなった。


 煉瓦で塞がれた右の道は、そのまま通らなかった。事前に定めていた経路は、管理扉から外周沿いに南へ回り、旧区役所裏手の通用口へ入るものだった。二又と井戸は、その経路から外れずに確認できる位置にあり、夢との対応を現地で確かめるためだけに立ち寄った。事前に定めた一本の経路から外れないという方針は、その先も変わらなかった。


 旧区役所の一階奥に着いた。


 戸籍棚は空だった。周囲の棚は湿気で板が反り、一部は崩れ落ちていた。棚を一段ずつ確かめたが、戸別申告札はなかった。


 その奥の施錠書庫に、「南外区第三・戸別申告札」と記された箱が残っていた。外箱には、三十二世帯分とある。中の小束と札の枚数は、現場では確認しなかった。鍵は、もう機能しなかった。カヤが市の許可書を確かめてから、錠を撤去した。工具の音が、静かな建物の中で、やけに大きく響いた。


 箱の中には、紐でまとめた世帯別の小束が入っていた。その場では、本文を読まなかった。マルタが、原本に触れない方法で、箱と束の外側を検査した。命令書と同種の反応は、出なかった。ただし、この検査で拾える範囲では、という限定つきだった。


 表示どおりの世帯数があるか、現場で数え直す時間はなかった。外装、封や紐の状態、発見位置を記録し、搬出許可の範囲に従って、箱ごと文書館へ一時移送することにした。


 テオの札だけ、その場で読みたい気持ちはあった。指先が、束の表に触れかけて、止まった。それより、開封と保存処置を、先にすることにした。見つけたから今すぐ読める、より、資料を損なわず持ち帰る手順のほうを、選んだ。


 帰路で、アーベルの寒気が、また出た。


 彼は、私を先に出そうとした。だが、退避順を決めるのはカヤだった。カヤが最後尾、私と資料が先、アーベルはマルタとともに中央。事前に決めた順番は、崩さなかった。


 アーベルは何も言わず、マルタの隣へ入った。


 扉の外で、人数と搬出物を照合した。四人全員と、箱が一つ。記録に、そう残した。


 文書館へ戻り、保存処置を施した。マルタが、まずハルダー世帯の小束を、次に取り出した申告札を一枚ずつ検査した。この検査で拾える反応は、どちらにも出なかった。検査番号を記録してから、申告札を開いた。


 台帳では「助手一名」だった者について、申告札には、呼び名、ヤーコプ。年齢、十七。「井戸番テオ・ハルダー方、住込助手」という所属。元の教区と、雇用届の番号らしきもの。別の資料へつなげられる情報が、そろっていた。ただし、呼び名は本名とは限らず、番号も、まだ照合前だった。


 九十年のあいだ、この一枚にある名は、ほかの記録へ結び直されずにいた。人数としては、台帳の「一名」に含まれていた。


 封鎖後に生きて出たか、静区で死んだかは、まだわからない。ここで確認できたのは、申告名と、当時の所属だけだった。


 私は、「助手一名」という元の記載を消さなかった。


 その隣に、「申告名、ヤーコプ」と書いた。所属は、井戸番テオ・ハルダー方、住込助手。根拠資料の欄には申告札の番号を、生存記録の欄には未確認を、氏名の確認欄には「雇用届との照合を要す」と記した。


 十二の空欄のうち、一つに、人の名へつながる記載が、初めて入った。


 記念祭まで、あと十八日。

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