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私の明日を、知らないあなたへ  作者: ぽんちょ。


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人数には入りません

文書館の照合係の部屋は、机より棚のほうが多かった。棚は天井まであり、天井は高かった。窓辺にだけ、規則に合わなさそうな鉢植えの薬草が並んでいた。


 ドルン女史は、私が差し出した課題の紙を先に取り、父の紹介状はそのまま脇へ置いた。開けもしなかった。


 灰色の髪をきつく結い、指の関節にインクが染みている。見本を上から下まで一度読んで、一箇所を爪の先で示した。


「これは間違いだと、どうして言えるの?」


「合計が一致しません」


「それは、不一致を見つけた理由。どちらを直すか決めた理由ではないわ」


 私は詰まった。


 一方の数値で、末尾の一桁が書き落とされたと考えれば、差を説明できたので、そのまま訂正まで書いていた。見当としては、悪くない。ただ、元の数を別の記録で確かめてはいなかった。理由の入り口で止めるべきところを、結論にしてしまった。


「記録は、直した人間がいなくなっても残るの」ドルン女史は見本を置いた。「根拠のない訂正は、間違いよりたちが悪い。間違いは見つけられる。もっともらしい嘘は、次の人が信じてしまう」


 それでも、彼女は私を追い返さなかった。


「リーゼ・マイヤー」申込書の名を読み上げた。「一週間、有給で試します。できるかどうかは、口ではなく手で見ます」


「賃金と、支払日をうかがっても」


 訊いてから、遠慮のない質問だっただろうかと思った。けれど、宿代の残りは三週間分しかない。遠慮している場合ではなかった。


「日割りで、週ごとに」ドルン女史は少しだけこちらを見た。「訊くのはいいことよ。あとで揉めるより」


 示された額を、頭の中で並べてみた。宿と食事を払って、わずかに残る。それだけあれば、当分は帰らずに済む。


 最初に渡されたのは、事件でも何でもない、ただ古い配給台帳の束だった。八十年ほど前、平時に王都が備蓄の麦をどの地区へ配ったか、という記録。


 私は個人名を数え、欄の集計と突き合わせた。合わない。名前の数のほうが、ずっと多い。


「合計が過少です」私は言った。「この地区、名前は四十一。集計は九」


「この欄は住民の数ではないわ。世帯の数よ」


 私は台帳を見直した。たしかに、同じ苗字が固まって並び、その頭にだけ印がある。世帯の主だ。


 もう一つ、気づいた。苗字を持たない名前が、別の名前の欄に軒を借りるように書き込まれている。


「この人たちは――奉公人ですか」


「奉公人、住み込みの職人、引き取られた子ども。この台帳では、暮らしている家の世帯主の欄に入る」


「では、この人たちは数に入らないんですか」


「世帯数にはね」ドルン女史は手を止めなかった。「名前まで省いていいわけではない。数える枠と、記録する相手は、別のものよ。混ぜて覚えると、いつか人を消すことになる」


 私は、その二つを分けて頭に入れた。数える単位。記録される名前。同じ台帳の中で、別々に動いている。


 分類がわかると、今度は本物の誤りが見えた。


 ある世帯が、隣り合う二つの地区の配給簿に、まったく同じ構成で載っている。二重に計上されているように見えた。けれど、転居や、追加の配給ということもありうる。同じ取引を、管理の都合で両方の簿へ書き写す方式だったのかもしれない。そう見えるというだけで訂正してはいけない。それは、今朝教わったばかりの過ちだ。


 二つの記載には、同じ受領証番号が添えられていた。私は倉庫の出庫簿で、その番号を追った。その番号で麦が出たのは、一度きりだった。


 それから、両方の地区の月次の支出合計を確かめた。二つの記載は、それぞれの地区の合計に、別々に足し込まれていた。


 出たのは一度分。合計に載ったのは二度分。書き写しの控えではなく、二重計上だった。


 私は元の数字を消さなかった。かわりに別紙へ、どの簿のどの行と、どの行が、同じ受領証番号で結ばれるかを書き出した。片方の筆跡が前の行から続き、行間が詰まっていることは、誤写がどう起きたかの推測として、末尾に短く添えるだけにした。


 ドルン女史は別紙を読み、短く言った。


「その書き方なら、明日の担当者も確かめられる」


 愛想を褒められるより、ずっとうれしかった。


 昼、受付から言付けが回ってきた。街衛兵所の従兄が、夜勤明けに寄って手紙を預けていったという。


 中身は短かった。


 アーベル・レントは実在の騎士で、身元に問題はない。文書館の警備も正規の配置。従兄が知るかぎり、勤務態度は堅実。


 怪しい男の素性を調べたら、まともな人物だった。


 それでも、記念祭の夕方の警告だけは、どの欄にも収まらなかった。


 終業まぎわ、ドルン女史は私を目録棚のところへ連れていった。


「保存のために原本を出せない資料には、閲覧用の写しがあるわ。内容そのものが非公開なら、写しにも許可がいる。でも、同じ場所のことが、別の公開資料に載っている場合はある」


 私は覚えた。非公開の記録そのものは、写しでも閉じている。けれど、その周りは開いている。壁の中は見えなくても、外側からなら形はたどれる。


 その帰り、受付の前で足を止めた。


 アーベル・レントが、閲覧申請の紙を差し戻されていた。


「この資料群は、所属長の副署だけでは閲覧できません」受付の職員は事務的だった。「発議が所属長、承認は館長。両方が要ります」


 彼はうなずいた。知っていた顔だった。ただ、そこで止まっている顔でもあった。


 彼も、この建物の何かを調べていて、同じ壁の前にいる。


 初日、彼は私に、立つ場所への行き方を教えた。今日は、私のほうが知っていることがあった。


 私は受付へ歩み寄った。


「レント様。それは、原本でなければ調べられないことですか?」


 彼が振り返った。私がそこにいることを、初めて知ったような顔で。

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