同じ十二人
二日後、私たちは中央神殿へ向かった。記念祭まで、あと二十四日。
石造りの回廊は、文書館より天井が高く、足音がよく響いた。閲覧室に入れるのは、三人だけだった。私、ヨナス、中央祭務官。アーベルは、神殿の外までは同行したが、入口で止まった。
「戻ったら、あなたが読んだ順に聞かせてください」彼は言った。
見るべき箇所を、先に指示することはなかった。
「全部覚えて帰るとは、約束できません」私は言った。「書けたことを、書けた順に持ち帰ります」
彼は、うなずいた。過去の周で神殿に断られた経緯は、もう聞いている。今日、この先を読むのは私だった。
中央祭務官は、マルタ・ヴァイスと名乗った。三十代の終わりか、四十代の始まりに見えた。机の上には、すでに閲覧記録の用紙が、日付と時刻を書き込んだ状態で用意されていた。ヨナスのように、死者一人ひとりを見る人ではなさそうだった。儀式が正しく終わったかどうかを、確かめる人だった。
「閲覧時間は一刻」マルタは言った。「用紙は番号入りで六枚。使用枚数と、破棄枚数は記録します。原本への書き込み、折り目、頁の順を変えることは禁止。翻刻は、退出時にこちらで枚数だけ確認します。内容への異議は、別紙で」
規則を告げる声に、抑揚はなかった。歓迎も、警戒も、そこには乗っていなかった。助力の申し出は、一つもなかった。正しく開き、正しく閉じる人だ、と思った。
原本を出す前に、私は止めた。
「開く前に、紙と墨に術式が残っていないか、本文を読まずに確かめられますか」
必要な範囲だけ、説明した。夢と拍子に共通点があり、アーベルには寒気も出たこと。原本そのものは、持参していないこと。
マルタは、原本に触れない高さで、薄い検査紙をかざした。聖別した粉は、その検査紙の上へ落とした。紙の端、綴じ糸、墨のある箇所へ順にかざしていくあいだ、本文は一度も追わなかった。
「少なくとも、この検査で拾える範囲では」マルタは言った。「読み手へ接続する術式の痕跡はありません。ただし、だから、あなたがたが読んだ命令書にも術式がないとは言えません。別の紙です」
私は、それを書いた。この祭儀記録からは、この検査で反応が出なかった。命令書は、まだ未検査だった。命令書にも同じ検査を受けさせる手続きがあるか、あとで訊いておこうと思った。
先に、閲覧を許された一般手順書を読んだ。
防疫境界の儀式は、二段階だった。疫病発生時、区域を閉じる境界聖別。疫病終息後、区域を開くための終祭。
終祭には、封鎖時に区域内にいた者全員について、生きて区域外へ出た者は移転先、死亡した者は名と所属する家か教区、埋葬先を、照らした記録が要る。一人でも行方を確定できない者がいれば、終祭を完了したとは記録できない。名がわからなくても、遺体と埋葬先さえ特定できれば、通常の弔いは行える。静区では、十二人は氏名と行方が対応せず、名のある者についても、区域外への移転か、遺体と埋葬先かの照合が終わっていない。
これは、解除法だとは書かなかった。ただ、私が作っている対照表の形が、この終祭に必要な形式と、よく似ていることに気づいた。世帯、名、行き先、根拠。並べる欄は、ほとんど同じだった。作っているときは、気づかなかった。
静区の個別祭儀記録には、封鎖開始時の基礎人数が残っていた。
三十二世帯。二百六人。記名あり、百九十四人。世帯に付随する人数のみで、氏名未記載、十二人。
基礎人数の出典欄には、封鎖当日、担当教区の司祭と衛生吏が行った戸別確認、とあった。
境界聖別が実施された日時も、記されていた。九十年前、現在の記念祭と同じ月日の、日没。いまの記念祭が祝っている「避難完了」の宣言と、同じ日、同じ時刻だった。区域を閉じた日と、避難が終わったと発表した日は、もともと同じ日だったのだ。
私は、自分の照合票にある十二行を見た。一方は、封鎖前の民政台帳。もう一方は、封鎖当日の教区による戸別確認。作られた日も、作った者も違う二つの記録が、同じところで十二人ぶん欠けていた。
「その十二人は」マルタの声が変わった。「この記録を見て出した数ですか」
「いいえ」私は言った。「封鎖前の世帯台帳から、文書館で出しました」
マルタは、しばらく、両方の紙を並べたまま動かなかった。それから、自分の業務記録に、その一致を書き留めた。出典の違う二つの数が、同じ十二で止まっていることは、彼女にとっても、無視できる一致ではなかったようだった。
個別記録の後半に、当時の祭務官の経過記録があった。
十二人の氏名が不足している。王都の行政側へ、補充名簿を照会。一度目、回答なし。二度目、「避難完了済み」と回答。三度目、照会不要として差し戻し。弔籍を確定できず、終祭は未実施。
三度とも、日付が入っていた。当時の祭務官が、一度で諦めていないことだけは、この記録からわかった。
「終祭をしなかったのではありません」ヨナスが言った。「必要な名前が来なかったから、できなかったんです」
少なくとも、この記録には、当時の祭務官が三度、名前を求めた経過が残っている。記録上、その照会に応じなかったのは、行政の側だった。
祭儀記録に十二人とあっても、死亡はまだ確定しない。封鎖当日の戸別確認そのものに誤りがあった可能性は残るが、それを別にすれば、疑うべきは封鎖後に区域外へ出た可能性と、別名で避難記録に入った可能性だった。
私は、こう書いた。十二人は、九十年前から名前を求められていた者たちである。十二人は静区で死んだ、とは書かなかった。
祭儀記録の最後に、こう記されていた。終祭未了につき、弔籍補充照会および本記録の抄本一通を、王立文書館へ送付。
送付日、受領番号、文書館の受領印。私は、その番号の形式を知っていた。現在の公開目録にはない。だが、文書館の受領番号として、形は正しかった。
少なくとも、九十年前には文書館へ届いていた。今も残っているなら、公開目録から外されているか、別の分類へ移されている。紛失や廃棄の可能性は残る。それでも、受領番号は、探し始める場所になる。
「ここで確認できたのは」マルタは言った。「二つの記録に、同じ不足があることまでです。術式との関係も、現在の境界に効力が残っているかも、まだ認定できません」
「静区は、まだ弔われていない、とは」
「そこまでは、私からは言えません」マルタは言った。「認定するのは、私の役目ではありません」
線を引く場所が、私たちとは違うだけだった。味方でも、敵でもない。
そのうえで、彼女は続けた。
「ただし、九十年前の照会が、王立文書館へ届いたことは、記録されています」
マルタは、翻刻のうち、人数の内訳、三度の照会、文書館への送付を記した箇所だけを原本と照らし、その範囲に確認署名をした。事件全体の解釈まで、保証したわけではない。
神殿の外で、アーベルは石段に腰を下ろしていた。少なくとも、私が戻るまで立ち続けることは、今回はしなかったらしい。
「十二人は」私は、まず言った。「九十年前の神殿の記録にも、いました」
彼は、少しのあいだ、何も言わなかった。それから、腰を上げた。
「次は、どこですか」
「文書館です」私は言った。「九十年前に、抄本が届いています」
彼と並んで歩き出した。私は、一般手順書、静区の個別記録、三度の照会、受領番号の順に話した。彼は、途中で先を急がせなかった。私が読んだ順に、聞いた。
神殿の奥まで来て、見つけたのは、文書館へ戻る道だった。
ただし今度は、探す紙の番号がある。
記念祭まで、あと二十四日。




