館長預り
翌朝、私は神殿で得た受領番号を、ドルン女史へ見せた。記念祭まで、あと二十三日。
公開目録にはない。だから、隠された資料を探すのではなく、当時の受入処理簿を引いた。処理簿そのものは、目録から外された資料の存在まで隠すものではない。受け取ったという事実だけは、館の帳簿に残る。番号、受領日、差出元、枚数が、そこには残っていた。
差出元、中央神殿祭務局。内容、静区終祭未了に関する抄本および照会記録。処理、館長預り、別置。
廃棄、返却、紛失、とは書かれていなかった。三つとも書かれていない、という事実を、私はそのまま書き写した。
言えるのは、ここまでだった。九十年前、文書館が受領し、通常の棚へ入れず、当時の館長が別に保管した。現在も存在するかは、まだわからない。
私は、受領番号と処理簿の該当行を根拠に、館長預り資料の所在確認と閲覧を申請した。申請書には、根拠にした三つを、順に書いた。正式な本件照合担当者としての申請であること。外部機関である中央神殿の確認署名があること。資料番号が確定していること。受領番号も、神殿の確認署名も、正式な担当資格もなかった、以前のアーベルの申請とは、そろっている条件が違った。
館長は、しばらく、申請書と処理簿の写しを見比べていた。存在しない、とは言わなかった。
「その番号については」館長は言った。「歴代の館長に、引き継がれている」
引き継がれている、という言葉の重さを、館長自身が、どこまで量っているのかはわからなかった。
館長は、代々受け継がれてきた封書を出した。
前任者から次代へ。静区に関する当該資料は公開目録へ記載しない。廃棄、改変、館外への移送を禁ずる。閲覧の申請は、館長が個別に判断する。
館長は、自分が引き継いだ手順を説明した。箱は開けず、外側の封印を確認し、外付目録の枚数を引継書と照合する。引継書の裏へ受領日と署名を足し、次の代へ渡す。少なくとも、現館長自身は、箱の本文を読んでいなかった。
引継書の裏には、代々の署名が並んでいた。九十年間、同じ手順が続いてきたことだけは、そこから読み取れた。
館長が知っているのは、それだけだった。静区について別置資料があること。開けば文書館の信用を損ないうること。前任者から、公開しないよう命じられていること。
「なぜ、内容を確かめずに従ったんですか」私は訊いた。
「この館が、保管を任された資料を守るためだ」
「誰から守るのかが」私は言った。「書かれていません」
館長は、答えなかった。前任者の指示は、守る理由までは書いていなかった。書かれていないことを、書かれていないまま、代々引き継いできただけだった。
館長は、前任者の指示を理由に、閲覧を保留しようとした。
ドルン女史が、処理簿を開いた。
「現在の閲覧申請を止めるなら、根拠にする現行規定と、判断した責任者名をお願いします」ドルン女史は言った。「歴代の引継書は、現行規定ではありません」
館長は、すぐには折れなかった。文書館の信用。送付元との信頼。他機関から資料を預かる館としての信用。九十年前の判断を、今の職員だけで覆す危うさ。一つずつ挙げた。
「その信用は」ドルン女史が言った。「別置のまま何十年も答えを保留にすることで、守られてきたんですか」
館長は、それには答えなかった。
「公開を求めているのではありません」私は言った。「所在と状態を確認し、神殿の記録と照合することを求めています」
沈黙が、しばらく続いた。処理簿の空欄を、また誰かが埋めるのを待つような沈黙だった。
やがて、館長は言った。
「封印は解かない。外装、封印、外付目録を確認する」
別置庫は、地下の禁書庫ではなかった。乾燥した、小さな書庫だった。寄託条件の厳しい文書や、係争中の原本が置かれている。棚には、静区とは無関係の箱も、同じように並んでいた。制度の中にある、ただの一室だった。館長、ドルン女史、私、そして警備のアーベルで向かった。アーベルは、正式な閲覧者ではない。箱の運搬と、出入口の見張りだけを頼んだ。
受領番号と一致する箱は、棚の奥に残っていた。埃の積もり方が、隣の箱と同じだった。特別に隠された場所、というふうには見えなかった。封印も、九十年前の受領記録に書かれたものと、一致した。
アーベルは、戸口から中へは入らなかった。箱を運ぶときだけ、手を貸した。
ここで、存在は確定した。
所在確認を記録したあと、館長は、次の工程として限定開封を提案した。ここまで確かめたのだから、中身も見ておくべきだ、という言い分だった。
私は、開封申請へ進む前に、安全検査が必要だと止めた。
「古い原本を、検査せず新しい人に読ませないと決めています」
館長は、なぜ申請しておいて読まないのか、と苛立った。
「所在確認と、本文の安全確認は、別の工程です」私は言った。
命令書と、この一式。二つを対象に、マルタへ、文書館まで出張しての非接触検査を、正式に依頼することにした。命令書を神殿へ運ぶより、そのほうが、来歴と保管の記録を切らずに済む。検査の日取りは、マルタの都合を待つことになった。それまでは封印を解かない、と処理簿に記した。
箱は開けない。外付目録は、九十年前の受入時に、文書館が作ったものだった。中央神殿からの祭儀記録抄本。行政側との三度の往復文書。十二人の氏名補充を求める照会票。静区戸別申告札照合控、一通。
最後の一行に、続きがあった。原票所在、南外区第三・区役所。
外付目録は、神殿から来た古い原本ではない。文書館が自分で作った管理文書で、これまでも通常業務で繰り返し閲覧され、症状の報告は一件もなかった。少なくとも、これまでと異なる危険を示す事情はなく、通常の管理文書として扱えると判断した。
旧市街図を広げて、区役所の位置を置いた。二又の道。蓋をした井戸。狭い右の道。その先に、旧区役所があった。夢の中で、右の道を塞いでいた煉瓦の、ちょうど向こう側にあたる場所だった。
「中へ入れば」アーベルが言った。「その申告札だけで、名前がわかりますか」
「まだわかりません」私は言った。「札が残っているかも、書かれた名が本名かも。雇用届や教区簿との照合は、続けます」
戸別申告札に名があっても、それだけでは本人だと確定できない。別の記録と結べて、初めて対照表の根拠になる。
館長は、箱の現存と、神殿の受領番号との一致を、自分の手で処理簿へ記録した。それから、こう書き添えた。非公開の理由は、歴代館長の引継指示による。現行規定上の根拠は、未確認。
その一行を書くのに、館長は、ずいぶん長く筆を止めていた。自分が守ってきた沈黙も、今日から、記録の対象になった。
十二人の名を探す紙は、文書館に届いていた。
その紙が指していた先は、壁の内側だった。
記念祭まで、あと二十三日。




