帰るための道
翌日、私はヨナスの立会申請を、館長のところへ持っていった。ヨナスが署名した紙は、思ったより軽かった。三つのうち一つが埋まっただけの重さだ、と自分に言い聞かせた。
必要なものは、三つだと決まっていた。担当教区の司祭――ヨナス。中央神殿が指名する祭務官。王立文書館が指定する照合担当者。
一つ目は、揃っている。館長は、三つ目の欄で止まった。
「あなたは、月ごとの臨時採用だ」館長は言った。「文書館を代表して、神殿の非公開記録を扱わせるなら、調査期間中の身分を保証する必要がある」
「保証、というのは」
「臨時のまま指定は出せない、ということだ」館長は続けた。「それに、根拠にしている原本は、あなたの実家のものだろう。借用期限は近い。原本が返却されるかもしれない状態で、担当者だけを指定することはできない」
「では、先に延長を」
「延長が成れば、指定を検討する」
検討する、であって、する、ではなかった。それでも、返ってきたのが拒絶ではなく条件だったことは、書き留めておく価値があった。
つまり、こういうことだった。館長は、原本の借用延長が先だと言う。だが、延長を頼む相手は、私の父だ。父にとって、娘の勤めが正式なものになる保証もないまま、書類だけを長く貸す理由はない。館長の言い分と、父の言い分は、たぶん同じ形をしている。
文書館は、原本を記念祭後まで借りるための延長依頼を、正式に出した。私は、その添え状を書いた。
隠蔽のことも、呪いのことも、書かなかった。書いたのは、三つだけだった。原本が、王都の公的記録との照合に必要なこと。自分が、照合担当として調査を続ける可能性があること。返却の時期を、延ばしてほしいということ。
「なぜ延長が必要か」までは、正直に書けた。「延長しなければ何が起きるか」は、まだ書けなかった。書けることと書けないことの境は、これまでの依頼状と同じ場所にあった。
アーベルは、文面を見ようとしなかった。前に代筆を断られたことを、覚えているのだろう。私が封をするあいだ、彼は少し離れた窓際に立って、外を見ていた。振り向かなかった。
依頼状を出してから、父が来るまで、三日かかった。返事ではなく、父本人が来た。
王都まで、馬車で丸一日。文書館の応接室で会うのは、初めてのことだった。案内された父は、椅子に座る前に、部屋の壁を一度見回した。書棚の並びを、値踏みするような目ではなかった。ただ、自分の娘が働いている場所を、確かめておきたいようだった。
私は、対面の椅子に座った。父と机を挟んで話すのは、これが初めてだった。実家では、いつも横に並んで、同じ書き物机を使っていた。
「お前の手紙では、うちの書類と王都の公的記録が食い違っているらしいな」父は言った。「姉たちの縁談にまで響くようなら、困る」
「今は、家名を外へ出していません」私は言った。「でも、調査の結果を隠す約束はできません」
父は、それ以上は追及しなかった。かわりに、私の働きぶりについて、ドルン女史に短く尋ねた。返ってきた答えを、父は黙って聞いていた。頭ごなしに、無価値だとは言わなかった。
「毛織物商との縁組は、悪い話ではない」父は言った。「うちのような家には、むしろ現実的な話だ。持参金は要らない、向こうから望んでくれている話だぞ」
「先方からも、今月中に返事がほしいと言われている」父は続けた。「これ以上は、待たせられない」
「文書館が、お前をこの調査の担当者として正式に置くなら、書類は延長して貸す」父は言った。「だが、月ごとの臨時仕事のために、家の書類と縁談の両方を、いつまでも待たせることはできない」
条件は、はっきりしていた。
正式な指定を受けるなら、縁組先には、父から断りを入れる。ただし、調査のあとに職を失っても、同じ縁談に戻れる保証はない。縁組を残したいなら、原本は期限どおり返し、今の勤めを終えたら、家へ帰る。
どちらか一方だけを選べ、ということだった。両方を残す道は、示されなかった。
父は、私が答えるのを急かさなかった。ただ、応接室の窓の外を、一度だけ見た。
考える時間は、思ったより短くて済んだ。迷っていたのは、選ぶことそのものではなく、選んだあとに何を失うかを、先に数えておきたかっただけだった。
「二つとも、先に動かなければ、どちらも動きません」私は言った。「でしたら、どちらも先にならないように作ります」
父への書類には、こう書いた。文書館長の指定書と、父の延長承諾書、その双方の署名がそろった時点で、原本の借用を記念祭後まで延長する。
館長への書類には、こう書いた。双方の署名がそろった時点で、リーゼ・マイヤーの雇用を借用期間の満了日まで保証し、本件の照合担当者として指定する。
ドルン女史が、二通を読み比べた。
「これなら、どちらかが先に、危険だけ引き受けることにはならないわね」ドルン女史は言った。「両方そろって、初めて動く」
条件つきの書面など、初めて書いた。それでも、原理は、これまでと変わらない。確かめられないことは、確かめられる形にしてから出す。相手が誰であっても、それは同じだった。
「保証するのは、この調査と借用期間のあいだだけだ」館長は、署名の前に言った。
「それで構いません」
「正式登用を約束するものでもない」
「わかっています」
父と館長は、同じ机で、同じ日に署名した。片方の署名のインクが乾く前に、もう片方のペンが動いた。二人は、互いに一言も、余計なことを言わなかった。
署名が終わると、父は私に確認した。
「では、先方には断る。それでいいな」
「はい」
父は、怒鳴らなかった。説教もしなかった。
「仕事が終われば、何もなかったように戻れるとは思うな」
それだけ言って、父は帰り支度を始めた。
石段の下で、アーベルが待っていた。会談には、入れなかった。担当者でも、家族でもない、というだけの理由だった。
事情を話すと、彼は少しのあいだ、黙っていた。
「俺のために、そこまで――」
「あなたのためだけではありません」私は言った。「私が選んだ仕事です」
彼が、口を閉じた。
「でも」私は続けた。「あなたに生きていてほしいことも、理由の一つです。勝手に全部を背負わないでください」
「わかりました」
それだけだった。埋め合わせも、詫びも、申し出なかった。以前の彼なら、代わりに何かを差し出そうとしただろう。今は、私が決めたことを、私のものとして受け取っている。
館長の指定書。父の延長承諾。ヨナスの立会申請。三枚が、机の上にそろった。残るのは、中央神殿が指名する祭務官だけだ。それも、明日から動ける。
王都へ来た日、ここで失敗すれば、家へ帰って縁組を受けるつもりだった。あの日の私にとって、それは失うものではなく、最後まで残る道だった。
その道を、私は自分で閉じた。
閉じた先に何があるかは、まだ記録のどこにも載っていなかった。
記念祭まで、あと三十日。




