理由を記す欄
翌朝、夢のことを一行も書かなかった照会書の下書きを、ドルン女史の机に置いた。記念祭まで、あと四十四日だった。
書いたのは、四組の資料だった。
一つ、給水申請の却下記録。避難完了の告示があった、その翌日の日付。申請者は井戸番のテオ・ハルダー。封鎖区の住民を代表して、三十二世帯ぶんの水を求めている。末尾に「上意により却下」とある。
二つ、命令書。同じ時期に出されたものだ。封鎖区への救援を認めず、その区画を避難済みとして記録するよう命じている。原本を翻刻したもの。
三つ、給水管理簿と、送水口の現地確認記録。第三者による確認書は、これから取得する。告示のあとも、少なくともひと月、第十一号送水口を通って南外区第三へ水が送られていた。何に使われたかは、記録からはわからない。送水口そのものは、今も外周に残っている。設備番号と、「南三」の二文字が刻んである。
四つ、旧市街図。南外区第三と、第十一号送水口と、いまの封鎖線。三つの位置の関係が、一枚で見て取れる。
これで何が言えるか、しばらく考えた。「呪いがある」とは書けない。「人が閉じ込められて死んだ」とも、まだ書けない。書けるのは、ここまでだ。
――避難完了の告示の翌日に、封鎖区の住民を代表する給水申請が出され、却下されている。告示ののちも、当該区画への送水の記録が残る。ついては、封鎖にあたり神殿がどのような境界の聖別を行ったか、その記録との照合を求める。
水が送られていたのなら、なぜ申請が要ったのか。量が足りなかったのか、途中で止まったのか、初めから別の用途だったのか。そこは、わからないまま書いた。
ドルン女史は、最後まで読んでから、結びの一文を指で示した。
「給水記録の食い違いはわかった」ドルン女史は言った。「では、神殿のどの記録を見れば、それを確かめられるの」
「まだ、決めていません」
「照会は、資料を特定して出すものよ」ドルン女史は言った。「『境界の聖別』では、相手が何を探せばいいのか、わからない。区域、日時、様式。何を見たいのか、名指しにしなさい」
私は、下書きを持って自分の机へ戻った。
ドルン女史は、その日の私の仕事を、照会書の作成に切り替えた。棚出しの当番は、別の人へ回された。
送水口の刻印は、私とアーベルが見に行って書き写しただけのものだった。それだけでは、紙の上の証拠として弱い。救護隊へ確認を頼むと、前に立ち会ったカヤ・ロートが引き受けた。設備の位置も、私たちが何を見たかも、知っている人だ。
確かめてほしいことを、三つに絞って頼んだ。設備番号。刻印の文字。位置。
「見てくればいいのね」カヤは言った。「中身には口を出さない」
昼を過ぎて、カヤが戻ってきた。私が用意した紙に、短く書いた。
「私が見たのは、一一の刻印と、『南三』の二文字。それと、場所。それ以上は書かないよ」
「それで十分です」私は言った。「見ていないことまで書かれても、困ります」
「送水口の前は、担架の転回に使う」カヤは出がけに言った。「調べに来るなら、次は先に知らせて」
ヨナスには、別の一点を頼んだ。赤斑病のころ、防疫で区画を封鎖するときの決まりが、当時、確かにあったということ。それだけを、書いてもらう。
「『防疫境界規定』というものがあります」ヨナスは、紙にそう書いてから言った。「六十年ほど前に廃された規定ですが、封鎖する区画の境には、神殿が聖別を施すことになっていた。条文の写しは、中央神殿に残っています」
「静区にも、それがされた、とは」
「そこは書けません」彼は言った。「私が証明できるのは、規定があったところまで。静区で実際に何が行われたかは、中央の記録を見なければわかりません」
ドルン女史の問いに、答えが出た。見るべきは、封鎖時の聖別記録だ。対象区域、実施日時、境界の扱い。規定があったことと、静区で実施された事実は、別のこととして書く。
夢のことも、術式のことも、その紙には一行も入れなかった。ヨナスが入れないと言ったし、私も、入れてほしくなかった。
アーベルは、三欄の調査控えに残す証言を、二度書き直した。
「以前の周では、静区について記録局へ尋ねて、門前で断られました」彼は言った。それから、一度、言葉を切った。「前と同じになる、という意味ではありません。あのときの俺には、文書館の照会も、資料番号も、現場の証明もなかった」
彼は、過去のことを話すとき、いつも同じ間を置く。けれど今日は、その先に「だから」をつけなかった。前はこうだった、で止めた。取り決めのとおりだった。
「では、それは証言の欄に残します」私は言った。「照会には入れません。今回の条件が前とは違うことを、私たちが忘れないための記録です」
「はい」
閲覧室に戻ってから、申請理由の結びを書き直した。
――避難完了の告示の翌日に、封鎖区の住民を代表する給水申請が出され、却下されている。告示ののちも、当該区画への送水の記録が残る。当時の防疫封鎖には、神殿が境界を聖別する『防疫境界規定』があった。ついては、『防疫境界規定』に基づく静区封鎖時の聖別について、実施の有無、および実施された場合の対象区域、日時、境界の処置の照合を求める。
照会書と、根拠になる資料の写し、カヤとヨナスの確認書を揃えた。正式な照会には、受理から十日以内に、閲覧の可否を回答する義務がある。不許可なら、根拠となる規定と理由も、記録される。だからこそ、出す側にも館長の印がいる。ドルン女史にも、同席してもらった。
館長は、下書きを読んで、しばらく黙っていた。
「一家の私文書を根拠に、神殿へ照会をかけるのは、文書館の信用に関わる」やがて、そう言った。「九十年前の記録を、いま掘り返す必要も薄い。次の定例照会まで、保留にすべきだと思う」
「保留の理由は、資料の真正性への疑義ですか」ドルン女史が訊いた。
「そういうことではない」
「所有者、来歴、受入時の状態、印と筆跡は、確認済みです」ドルン女史は言った。「では、どの工程を理由に止めるのか、処理簿へお願いします」
私は、処理簿を開いて、理由の欄と、責任者の欄を、館長のほうへ向けた。
「この館が、私の結論を保証する必要はありません」私は言った。「確認された資料のあいだに、食い違いがある。だから、神殿側の記録との照合を求める。それだけです。残された住民がいたとか、不正があったとか、そこまでは、この照会では言いません」
館長は、しばらく処理簿を見ていた。それから、理由の欄ではなく、照会書の余白に書いた。
「館として、残された住民の存在や、不正を認定するものではない」
そう書き添えて、隣に署名し、印を押した。留保つきで、送ることは認めた。その留保も、記録には残る。
記録局へは、三人で行った。私と、アーベルと、ヨナス。
受付は、以前アーベルが断られた場所だと、彼が小さく言った。同じ窓口かどうかまでは、わからなかった。
係の人は、書類を一枚ずつ確かめた。文書館の照会。館長の印と、その留保。対象の年代、地区、資料の種別。カヤの現場確認。ヨナスの、規定についての証明。
「内容の審査が必要です」係の人は言った。「閲覧を認めるとは、まだ言えません」
「受理されたことは、記録に残りますか」
「受付番号と、担当者名が残ります」
番号が振られ、日付が入り、受け取った人の名が書かれた。控えを一枚、こちらへ渡してくれた。
外へ出ると、日が傾きかけていた。
受領控えは、文書館へ持ち帰り、照会の処理簿に綴じる。その前に、受付番号と、日付と、担当者の名を、自分の調査控えにも写した。
以前、彼の訴えは、扉の前で終わったという。記録には、何も残らなかった。今回は、一枚の紙が、扉の向こうへ入り、そのことを示す一枚が、こちらにも残った。
許可は、まだ出ていない。
けれど、断るなら、今度は理由を書かなければならない。




