別の話でしょう
彼の指は、止まったままだった。
彼が、答えをはぐらかす前には、いつも、これくらいの間があった。石段で敷石の理由を説明したとき。図面の前で、誰のために調べているのかを伏せたとき。
けれど今度は、その間のあとで、彼は口を開いた。
「話します」と彼は言った。「信じてもらえないと思いますが」
「証明を求めているわけではありません」私は言った。「あなたが何を知っているかを、知りたいだけです」
彼は、しばらく言葉を探していた。それから、いちばん短い形で言った。
「俺は、この三月を、何度も繰り返しています。記念祭までの三月を。毎回、記念祭の日没に、あなたが死ぬ」
窓の外は、もう暗かった。それでも、私は椅子の位置を、少しだけ、窓を背にするほうへ直した。
私は続きを待った。
「そのたびに、最初の朝に戻ります。俺は前の周のことを覚えていて、あなたは覚えていない。毎回、はじめましてから始まります」
「発端は」
「最初の周、あなたが死んだあとです。神殿へ、弔いを頼みに行った。最期の光景を見るための遺物だと聞かされて、俺は、それに触れた。あなたに戻ってほしいとは願っていた。でも、時間を戻すものだとは知らなかった。次に目を開けたら、三月前の朝でした」
私は、聞いたことを、一つずつ確かめた。
「それは、証明できませんね」
「できません」
「その遺物は、今も神殿にあるんですか」
「宝物庫にあります」
「もう一度、触れましたか」
「早い周で、一度」彼は言った。「何も起きませんでした。あれが使われたのは、あなたが死んだあとの弔いでです。生きているあなたには、正式に使う理由がない。そして、あなたが死ねば、あの最初の朝へ戻される。死んだあとに、もう一度あれを調べる時間は、ありません」
私は、それも書いた。遺物は神殿にある。一度触れ直したが、何も起きなかった。死後に調べる猶予はない。
「でも」私は指を折った。「石段の敷石。名乗る前の私の名。記念祭の日没の警告。三日後の台帳。それから、あの拍子。あなたが言ったことは、今まで、全部当たっています」
「はい」
「嘘だと決めることも、私にはできない、ということです」
「何回ですか」
「あなたが死んだのは、二十二回。今が、二十三回目です」
二十二回。三月を、二十二回。五年半あまりだ。
私には、王都へ来てから、まだひと月あまりしかない。その人は、私が同じ日に死ぬまでの三月を、五年半ぶん覚えている。
「二十二回」という数字を、書こうとして、手が止まった。ほかの行はすぐ書けたのに、そこだけ、ペン先が進まなかった。その欄だけ、空けておいた。
「この前の、あの指」私は言った。「寒くもないのに握り込んでいました。あれも、これですか」
「たぶん」彼は言った。「あなたの夢を、俺も見ます。あの命令書を読んだあとからです」
「拍子は、どこから来たんですか」
「わかりません。ただ――あなたは王都へ来る前に、実家で古い書類を読んでいる。俺は、あの命令書を読んだ。二人とも、封じられていたはずの古い原本を読んだ。共通しているのは、それだけです」
私は「夢/古い原本を読んだ/共通点のみ」と書いた。断定はしなかった。彼もしていなかった。
「これまで、何を試しましたか」
「治療。薬師も、神殿の治癒師も。移住。他の都市、国外まで。神殿への相談」彼は一つずつ挙げた。「どれも、あなたを救えなかった」
閲覧室で彼が持ってきた、折りたたまれた一枚を思い出した。箇条書きで、調べて助けにならなかったことが並んでいた。
「あの一覧は」私は言った。「全部、過去の私に試したことだったんですね」
「はい」
私は、しばらく黙ってから、次を訊いた。
「いちばん助かると思った周は、いつですか」
「七周目です」彼は言った。「あのときのあなたは、文書館に入らなかった。地方の町へ出て、写字の仕事に就いた。夏のあいだ、夢も浅かった。俺は、今度こそだと思った」
彼は、いったん言葉を切った。
「それでも、記念祭の日没に、あなたは死にました。どの周も、同じ日、同じ刻です」
そして、そこで止めなかった。
「五周目のことも、話しておかないと。あの周、俺は早くに全部話しました。今みたいに。前のあなたが選んだ仕事や、好きだったものまで。それを知ったあなたは、過去の自分に合わせ始めた。だから今回は、あなたが同じことをしないように、話す時期も、内容も、俺が――」
「レント様」
彼が口を閉じた。
「その人が何を選んだかと、私が何を知っていいかは、別の話でしょう」
彼は私を見て、それから、目を伏せた。
「……そうです」彼は言った。「五周目のあなたは、生き延びるために、俺をこれ以上苦しませないために、前のあなたに自分を合わせ始めました。それでも、死んだ。俺には、あなたを救えなかったことと、その周のあなたの生き方を奪ったことが、両方、残りました」
「それで、先に話すのはやめた」
「やめました。今回は、信頼を築いてから話そうと決めていた」彼は机の上で手を組んだ。「でも、いつ話すかを俺が決めている時点で、同じことです。俺はまた、あなたの代わりに決めていた」
「今回の私を、前の型に誘導しましたか」
「していません」彼は言った。「今までの俺は、あなたを文書館から遠ざけました。今回は、それをやめた。あなたが選んだ道を塞がず、臨時採用の入口だけを伝えた。前と、逆にしました」
私はそれも書き留めた。それから、いちばん訊きにくいことを訊いた。
「あなたが見ているのは、私ですか。それとも、何回も会った、誰かですか」
彼は、すぐには答えなかった。
「最初は、前のあなたを探していました」やがて彼は言った。「今は――わかりません。ちゃんと見ているつもりです。でも、二十三回目のあなたと、前のあなたを、自分がどこで分けているのか、はっきりとは言えない」
嘘よりは、ましな答えだった。
私は、わかったことを並べた。
記念祭の日没に、私は死ぬ。試して駄目だったことが、いくつもある。夢と症状は、古い原本から来たらしい。そして、その夢も症状も、いま、彼に出ている。それが何を意味するのかは、彼にもわからない。
「あなたの五年半は、材料として受け取ります」私は言った。「全部、使います」
彼は、組んでいた手をほどいた。
「そのうえで」私は紙をたたんだ。「では、二十三回目は、私にも考えさせてください」




