其の六「あなただけは、と思っていた」
私は、また独りになった。
自分の時を生きることにした帝は私を物語にして消費した。
浦島は愛した不変によってもたらされた絶望に耐えかねて私を忘れた。
人間というものは、どれほど誠実であっても、時間の重みに抗うことはできない。
結局のところ、私という"不変"を、彼らの"変化"の中に留めておくことなど、最初から不可能だったのだ。
竜宮城の廊下を歩けば、珊瑚の灯りが青白く足元を照らす。
何も変わらない。何も失われない。けれど、何一つ、私の手には残っていない。
「あなただけは、と思っていた」
その呟きは、泡となって水の中に消えた。
私はしばらく、その泡の行方を目で追っていた。
やがて泡が弾け、静寂が再び私を包み込む。
高鳴っていた胸の鼓動がゆっくりと凪いでいき、体温が引いていく。
そうしてようやく、私は元の乙姫に戻ることができた。
手が震えることは、もう二度とないだろう。
私はまた、水鏡の前に座り、誰のものでもない景色を眺める。
期待もせず、絶望もせず。
次に迷い込んでくる人間がいても、私はまた同じようにもてなし、同じように箱を渡すだろう。
海の底には、今日も静かな朝が来る。
私はただ、透明な水の壁の向こうから、その行く末を見届け続ける。
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