第15話 今年の宛名
年が明けました。エッダ辺境伯家の新年は、十九軒でございます。わたくしは新しい帳面を一冊おろしました。上の段に品目と日付、下は余白でございます。
一行目に、宛名を書きました。一軒目はシュタイン男爵家。ご当主が耳の遠い方で、お話は右から。冬の荷は軽く。
書き終えるのに、五日かかりました。十九軒で五日でございますから、初めての年としては早いほうでございます。伺ったことを、ふた月ぶん書き溜めてございましたので。
南から、便りが三通参りました。
一通目は、ヴェルナーからでございます。
――新年、返礼二十四通でございました。
二十四でございます。三十七軒に出して、二十四。去年の新年が三十一でございましたから七つ減っておりますが、夏の見舞いが二十でございましたので、そこからは四つ戻したことになります。
ヴェルナーは、こうお書きになっておりました。
――十三軒は、まだ戻りません。うちの者が覚え書きを取り始めました。いまのところ二十九件でございます。百十二には遠うございます。
――ただ、二十九件は、うちの者が自分で聞いて書いたものでございます。
わたくしは、その一行を二度読みました。自分で聞いて書いたもの、と書いてございます。写しではございません。
二通目は、ソフィ様からでございました。
――お手紙を差し上げるのが遅くなりました。ずっと書けずにおりました。
――あのとき、お花は気持ちですもの、と申し上げましたわね。あれを取り消すつもりはございませんの。でも、気持ちだけで足りると申し上げたのは、わたくしの間違いでございました。
――ごめんなさい。
三行でございます。そのあとに、少し長く続いておりました。
――いまはクラーゲン様のお屋敷へ、月に一度お花を活けに参ります。差配ではございませんの。活けるだけ。マルグリット様が、それでよいと仰いますので。
――先日、玄関の花が高すぎると家令の方に言われましたわ。玄関の低いお家は一軒だけだと、あなたに伺ったことを思い出しまして、そう申し上げましたら、あの方、書き留めていらっしゃいました。
わたくしは手紙を畳んで、それからもう一度開き、最後の一行を読みました。
――あなた、六年もなさっていたのでしょう。よく続きましたわね。
三度目でございます。
三通目は、封が薄うございました。
クラーゲン侯爵家の、軽いほうの封でございます。
中は、新年のご挨拶でございました。文面は短うございます。時候の言葉が一行、それから、こうございました。
――今年のご挨拶回りは、こちらで済ませました。
署名は、ユリウス・クラーゲン。その下に、もう一つ署名がございました。
マルグリット・クラーゲン。
わたくしの名が、宛名に書いてございます。アーレンス伯爵家リーゼ様、と。あの方がわたくしを名前でお書きになったのは、これが初めてでございます。
その日の夕方、レオンハルト様が帳面をご覧になりました。十九軒ぶんの宛名が並んでおります。下の余白には、五十七件のうち書けたぶんだけを入れてございます。
「一年目で、これだけ書けるものですか」
「伺ってまいりましたので」
「ふた月、歩かれましたね」
「はい」
レオンハルト様は、帳面の一行目をご覧になっておりました。シュタイン男爵家の欄でございます。
「字が、あの者と似ておりません」
「はい」
「似ていないのに、同じことが書いてある」
そう仰って、少し笑われました。
わたくしは、筆を硯に置きました。今日はもう書きません。明日は二十軒目のことを伺いに参ります。この家の付き合いは十九軒でございますが、去年から一軒増えるお話がございまして、それが二十軒目になります。
「リーゼ様」
「はい」
「来年の礼状も、私が書きます」
「お書きになりますか」
「書きます。……相手も自筆でございますので」
わたくしは、筆を置いた手をそのままにしておりました。
「レオンハルト様」
「はい」
「二十四通、取ってございます」
「二十四」
「六年ぶんでございます。抽斗に入れてございまして、去年の冬の一通だけ、ひと月遅れて参りました」
レオンハルト様は、少しのあいだ黙っておいででした。
「あの冬は、街道が閉じておりました」
「はい」
「三日ほど、人足を出して開けました。荷はどのみち通りませんでしたが、文だけでしたら馬が通れますので」
わたくしは、その一行を頭の中で書き直しました。
――去年の冬、道が閉じた。礼状はひと月遅れて届いた。
六年、わたくしはあれを、雪が早く融けたのだと思っておりました。
「余白に、書いてもよろしゅうございますか」
「何をですか」
「この家の欄でございます。冬の文は、道を開けて出す、と」
レオンハルト様は、笑われました。
「それは、うちの者が知っていればよいことでございます」
「余白は、そういうものでございます」
窓の外は雪でございました。北の冬は道が閉じます。閉じているあいだ、荷は動きません。けれども、帳面は動きます。
わたくしは新しい頁をめくって、二十軒目のところに、まだ名前のない一行を空けておきました。
最終話でございます。ここまでお付き合いくださいまして、まことにありがとうございました。
決算を、数で置いておきます。六年で八百八十八通、余白は百十二件。クラーゲン侯爵家の返礼は三十一、二十四、二十、そして今年が二十四。十三軒は、まだ戻っておりません。戻らないものは、戻らないままでございます。
けれど、あの家の者が自分で聞いて書いた覚え書きが二十九件ございます。写しではなく、自分の足で聞いたぶんが。百十二には遠うございますが、あの帳面にも、はじめて余白が生まれました。
そしてリーゼは、北で二十軒目の一行を空けております。同じ仕事を、今度は自分の字で。——雑事と呼ばれた仕事に値をつけるやり方は、この物語にはついに一度も出てまいりませんでした。値のつかないものは、無くなってはじめて数で分かります。この物語がしたのは、それだけでございます。
もう一つだけ。この物語には、声を荒げた方が一人も出てまいりません。それでも、決算は出ました。出るものでございます。
——ブックマークと☆、それからご感想を頂戴できましたら、余白に書き留めておきます。「最後まで読んでくださった」と。落としませんので、どうぞご安心くださいまし。




