第14話 ご自分でどうぞ
ユリウス様が三十七軒を回られたことは、あとから伺いました。最初に知らせてくださったのはアデーレ様でございます。オルブリヒ子爵家から北まで手紙が参りました。字は大きく、行がだんだん右へ下がってまいります。
――クラーゲン様の若様が、おいでになりました。
二行目からは、猫の話でございます。今度は三匹に増えておりました。
アデーレ様のお手紙によりますと、ユリウス様はお一人でいらしたそうでございます。従者もお連れにならず、馬車も門の外に停めて歩いて入っていらした。そうして玄関で名乗り、こう仰ったそうでございます。
「今年の新年に、白い花をお送りしました。理由を伺いたく参りました」
アデーレ様は、その場でお答えにならなかったそうでございます。
まずお茶をお出しになって庭をご覧に入れて、それから庭の端の白い花のところでこう仰った。
「この庭は、先々代が集めたものでございます。白ばかりでございましょう」
「はい」
「主人が亡くなりましてね。喪の三年は、白いものを頂戴いたしません。庭が白いのに、白は頂戴しないのでございますよ。おかしなものでございましょう」
「……存じませんでした」
「ご存じなくて当たり前でございます」
アデーレ様は、そう仰ったそうでございます。
それから、こうお続けになった。
「六年、あちらのお家からは白い花が参りませんでした。去年からでございますよ。それまでは毎年白でございました」
「はい」
「うちは喪を届けておりません。届ける相手でもございませんし、こちらから申し上げることでもございません。ですから、どこからお聞きになったのか、わたくしは存じません」
ユリウス様は、そこでしばらく黙っておられたそうでございます。
アデーレ様は、こうお書きになっておりました。
――若様は、庭の端に立って、白い花をずっとご覧になっておいででした。それから、あの子は、うちの喪を六年覚えていましたよ、と申し上げました。
三十七軒でございます。一日に二軒か三軒。近いお家でも半日、遠いお家は泊まりでございます。エッダ辺境伯家までは八日でございますが、そこは書状でよいとヴェルナーが取り計らったそうでございます。
ふた月かかったと伺いました。
その二月のあいだに、何軒かのお家から、うちの母のところへ便りが参りました。
ヴァイエル男爵家の奥様からは、こうでございました。
――クラーゲン様の若様が、菓子のことをお尋ねになりました。ハンナが応対いたしました。
リンドナー伯爵家の奥様からは、こうでございました。
――順のことを、ご当人からお尋ねになるとは思いませんでした。
母は、その便りをわたくしに転送してくださいました。封の裏に母の字で一行だけ添えてございました。
――これは、あなたが読んでおくものでしょう。
もう一通、母ご自身の手紙が入っておりました。
――シャルンホルスト様の奥様が、うちへいらしたわ。庭の話をふた刻ほどなさって、お帰りになる前に一言だけ。
――「あちらのお家の若様が、うちへおいでになりました。順のことを、ご自分でお尋ねになりましたよ」
――それだけ仰って、お帰りになりました。あの方が誰かのことを褒めるのは、六年見ていて初めてです。
母の字は、途中から少し大きくなっておりました。
うちの母は、数を先に仰る方でございます。数を書かずに人のことだけを書いてこられたのは、これが初めてでございました。
収穫祭の少し前に、ユリウス様から手紙が参りました。
北まで、八日かけて届きました。
――三十七軒、回りました。
一行目でございます。
――君が六年やっていたことの、半分も分かっていない。それは分かった。
――白い花のことを聞いたときに、母上に聞いた。母上は、六年前に君へ渡したことを覚えていなかった。
――戻ってくれとは言わない。言えないことが分かった。
最後に、こうございました。
――ヴェルナーに、覚え書きを取るように言った。うちの者が書く。字は下手だ。
わたくしはその手紙を二度読みました。二度目に、最後の一行のところで止まりました。字は下手だ、と書いてございます。
六年前、この方は「君は字がきれいだな」と仰いました。同じ人が同じことについて、別のことを仰っております。
わたくしは手紙を畳んで抽斗に入れました。抽斗にはエッダ辺境伯家からの礼状が二十四通と、去年の冬の一通が入っております。その隣に置きました。
夕方、レオンハルト様が帳面を取りにいらっしゃいました。
「南から、お便りでございましたか」
「はい。三十七軒、回られたそうでございます」
「ご当主が、ご自分で」
「ご自分でと申し上げましたので」
レオンハルト様は、卓の端に手を掛けて、少し考える顔をなさいました。
「失礼を承知で伺いますが、それは罰でございますか」
「いいえ」
「では」
「回っていただかないと、伝わらないからでございます」
わたくしは、抽斗を指で押さえました。
「紙でお渡しいたしますと、その紙がまた写されます。写されるたびに余白が落ちます。落ちたことに、誰も気づきません」
「……足で書く帳面でございますな」
「はい」
レオンハルト様は、帳面を抱えて戸口まで歩いて、そこで一度振り返られました。
「三十七軒を二月でお回りになったのでしたら、ご当主も、もう写しの人ではございません」
窓の外は北の秋でございます。道の脇に石が積んでございます。冬に雪の深さを測るためのものだと伺いました。
まだ雪は降っておりません。
入口の約束を払う回でございます。ユリウス様が、従者もお連れにならず、馬車を門の外に停めて、三十七軒を歩かれます。
いちばん書きたかったのは、アデーレ様の一行でございました。「あの子は、うちの喪を六年覚えていましたよ」。
六年前、この方は「君は字がきれいだな」と仰いました。今回のお手紙の最後は、こうでございます。「うちの者が書く。字は下手だ」。同じ方が、同じことについて、まるで別のことを仰っております。
そして母君のお便り。数を先に仰る方が、はじめて数を書かずに、人のことだけを書いてよこされました。
次回、第15話「今年の宛名」。最終話でございます。新しい帳面の、一行目から。




