第13話 教えていただけませんか
ヴェルナーの手紙は、短うございました。
――夏の見舞いの返礼が、二十通でございました。
それだけが一行目でございます。二行目に、こうございました。
――お目にかかりたく存じます。北へ伺います。
伺います、と書いてございました。八日でございます。家令の方が家を八日空けるというのは、簡単なことではございません。
十日ののち、ヴェルナーが参りました。エッダ辺境伯家の玄関先でございます。外套に土がついておりました。馬車の乗り継ぎがうまくいかなかったのでございましょう。
「リーゼ様」
いつもと同じ角度で、頭を下げられました。
「遠いところを」
「八日でございました。……荷が八日と申しますのは、こういうことでございますな」
わたくしは、部屋へお通しいたしました。ヴェルナーは腰を下ろす前に、懐から紙を出されました。
「新年、返礼三十一。花季、二十四。夏の見舞い、二十。三期で、十七通減っております」
「はい」
「わたくしは、日付を間違えておりません。品目も、写しのとおりでございます。一度も違えておりません」
「存じております」
ヴェルナーは、紙を卓に置かれました。
「宴の折に、二十六人のお客様に、来年は改めますと申し上げました」
「伺いました」
「何を改めるのかを、申し上げられませんでした」
そこで、一度言葉をお切りになりました。
「順序のことは分かりました。荷を立てる順を、距離ではなく格で立てればよろしい。それは直しました。リンドナー様とシャルンホルスト様は、夏の見舞いで返礼をくださいました」
「二軒、戻られましたか」
「戻りました。戻りましたが、代わりに六軒が減っております。差し引きで四つ減って、二十でございます」
「では、欠礼は十七軒」
「十七軒でございます。そのうち二軒は、いま申し上げた順序のぶんではございません。何が起きているのか、分かりません」
「十七軒の名は、お分かりでございますか」
「分かります。名は分かります。分からないのは、なぜかでございます」
ヴェルナーは、紙をわたくしのほうへ向けられました。
十七の名が並んでおります。わたくしは上から順に目で追いました。三つ目にヴァイエル男爵家がございます。五つ目にオルブリヒ子爵家。九つ目にケラー家。十一番目にベルクマン家。
「ヴァイエル様は、菓子でございます」
「菓子」
「先代様が、三年前から甘いものを断っておいでです。この家では茶菓子をお出しになりません」
「……花季に、菓子の箱を二つ添えました」
「はい」
「あれは、ソフィ様のお心遣いでございました。わたくしも、よい思いつきだと申し上げました」
「よい思いつきでございます。三十七軒のうち三十四軒でしたら」
ヴェルナーは、紙の上の三つ目に指を置いたまま動かされませんでした。
わたくしは、膝の上で手を重ねました。
「オルブリヒ様は、白い花でございます」
ヴェルナーの手が、卓の上で止まりました。
「……白花は、五年ぶん出しております」
「先代様がお亡くなりになりました。喪は三年でございます」
「去年は、常磐木でございました」
「はい」
「わたくしは、あれを手違いと読みました」
「はい」
ヴェルナーは、しばらく卓をご覧になっておりました。それから、こう仰いました。
「余白を、教えていただけませんか」
頭を下げられました。いつもと同じ角度ではございませんでした。
「わたくしは、書いてなかったものは無いものと同じだと思っておりました。書いていない側の落ち度だと。……申し上げました。この春に、ソフィ様に」
「はい」
「あの方は、それを聞いて三日眠らずに宛名をお書きになりました」
わたくしは、お茶をお出しするように申しました。
ヴェルナーは、それに口をつけずに置いておられました。
「百十二件ございます」
「百十二」
「三十七軒で、百十二件でございます。一軒あたり三件ほど」
「……三期ぶん、直せますか」
「直せます。ただ」
わたくしは、そこで一度切りました。申し上げることは決まっておりましたが、口に出すまでに少し間が要りました。
「一つだけ、条件がございます」
「伺います」
「侯爵様ご本人が、ご自分で回られること」
ヴェルナーは、顔をお上げになりました。
「ユリウス様が、でございますか」
「はい。三十七軒、ご自分で。わたくしがお伝えするのは、そのあとにいたします」
「……先にお伝えいただくわけには」
「参りません」
わたくしは、そう申し上げました。声を上げたつもりはございませんし、上げる必要もございませんでした。
「先にお伝えいたしますと、そちらに残るのはわたくしの覚え書きでございます。覚え書きは紙でございますから、また写されて、また余白が落ちます」
「落ちますか」
「落ちます。六年前、奥様がわたくしにお預けになったときも、そうでございました」
ヴェルナーは、お茶を一口だけお飲みになりました。
「わたくしからは、申し上げにくうございます」
「存じております」
「申し上げにくうございますが、申し上げます」
そう仰って、また頭を下げられました。帰り際、玄関で靴を履きながら、こう仰いました。
「ベルンハルト男爵家のソフィ様は、いまも時々お屋敷にいらっしゃいます」
「さようでございますか」
「花を持っておいでになります。差配ではなく、ご自分のお手で活けて帰られます」
外套の土は、そのままでございました。
ヴェルナーが、北まで八日かけてまいります。外套に土をつけて。
この方は、日付を一度も間違えておりません。品目も写しのとおりでございます。一つも間違えずに、十七軒を失いました。「書いてなかったものは無いものと同じだと思っておりました」——形式に忠実な方ほど、この落とし穴は深うございます。
リーゼは、断りません。条件を一つだけ出します。「侯爵様ご本人が、ご自分で回られること」。紙でお渡しすれば、その紙がまた写されて、また余白が落ちるからでございます。
ここで、表題が二度目に払われます。今年のご挨拶回りは、ご自分でどうぞ。
次回、第14話「ご自分でどうぞ」。三十七軒、ふた月。ご当主が、歩きます。
——ブックマークと☆は、北へ立てる荷の駄賃に。八日ぶん、ありがたく頂戴いたします。




