第九章 解除コード
倉庫全体に警報音が鳴り響く。
赤いランプが点滅し、
空間そのものが脈打っているみたいだった。
『自爆まで、十五分』
機械音声。
公安たちが一気に動き出す。
「爆弾を探せ!」
「地下だ!」
「配線班を呼べ!!」
怒号。
無線。
足音。
だが。
カナメだけは静かに笑っていた。
「いい顔だな、レン」
俺は睨みつける。
「解除コードって何だ」
「そのままの意味だよ」
カナメは自分の頭を軽く叩く。
「お前の脳には、
施設停止コードが埋め込まれてる」
「……なんで俺なんだ」
「一番壊れにくかったから」
狂ってる。
本当に。
カナメは続ける。
「人格分離後も、
お前だけは情報保持率が異常だった」
モニターが切り替わる。
脳波データ。
記憶定着率。
人格同期率。
全部、
俺の名前で埋め尽くされている。
『CASE041 適合率98.7%』
寒気。
俺は人間じゃなく、
実験結果として扱われていた。
「レン!」
橘が叫ぶ。
「コードを思い出せ!」
「簡単に言うな!!」
頭を押さえる。
思い出そうとすると、
ノイズが走る。
白い光。
電流。
絶叫。
『記憶封鎖処理、開始』
俺は膝をつく。
「っぁ……!」
痛い。
頭の奥が焼けるみたいだった。
その時。
耳元で、
“もう一人の俺”が囁いた。
『俺は知ってる』
冷たい声。
『解除コード』
「……」
『欲しいか?』
息が止まる。
「お前……」
『交換条件だ』
笑っている。
『身体を寄越せ』
「ふざけるな」
『時間ないぞ』
警報が鳴る。
『自爆まで、十三分』
まずい。
公安たちも焦っている。
だが。
俺の頭の中には、
別の問題があった。
こいつに主導権を渡したら終わる。
絶対に。
“悪性人格”は、
本当に人を殺せる。
しかも快楽として。
「レン!!」
橘が駆け寄る。
「思い出せ!」
「無理だ……!」
「お前しか解除できない!」
その瞬間。
カナメが静かに言った。
「本当に?」
空気が変わる。
橘の表情が凍る。
俺は顔を上げた。
カナメは笑っている。
「橘、お前——まだ隠してるな?」
沈黙。
橘が銃を向ける。
「黙れ」
「かわいそうだろ、レンが」
カナメは楽しそうだった。
「こいつ、まだ言ってないぞ」
嫌な予感。
橘の額に汗が浮かぶ。
「……何を」
カナメが口角を上げる。
「お前を最初に売ったの、
橘だよ」
世界が止まった。
「……は?」
橘が怒鳴る。
「違う!!」
「本当のことだろ?」
カナメは笑う。
「霧島レンは、
元々ただの記者だった」
記憶が揺れる。
編集部。
記事。
失踪事件。
「でも橘は、
公安内部の実験を揉み消したかった」
「黙れ!!」
「だからレンを差し出した」
頭が真っ白になる。
橘を見る。
橘は苦しそうな顔をしていた。
否定しない。
「……本当なのか」
橘の拳が震える。
「……あの時は」
「答えろ!!」
怒鳴った瞬間、
倉庫が揺れた。
『自爆まで、十分』
カナメが笑う。
「最高だな。
人間って、追い詰めるほど面白い」
俺の中で、
何かが壊れ始める。
怒り。
憎しみ。
殺意。
耳元で、
“もう一人の俺”が囁く。
『殺せよ』
「……」
『簡単だ』
橘を見る。
苦しそうな顔。
後悔している顔。
でも。
俺はこの男のせいで。
八回死んだ。
『殺したいだろ?』
心臓が暴れる。
手が震える。
だが。
その瞬間。
脳裏にユキの声が蘇った。
『今度のあなた、優しい顔してる』
俺は息を呑む。
違う。
俺は。
こんなために戻ってきたんじゃない。
拳を握る。
“もう一人の俺”が舌打ちした。
『……つまんねぇな』
その時だった。
倉庫奥のモニターが突然切り替わる。
そこに映った人物を見て、
俺の呼吸が止まった。
「……ユキ?」
白い部屋。
拘束椅子。
モニター越しのユキは、
まだ生きていた。
だがその胸には、
大量の爆弾が巻かれている。
カナメは優しく笑った。
「最終実験を始めようか」




