第三章 七回目の蘇生
病院裏口のドアが乱暴に開く。
夜の空気が肺に流れ込んだ。
冷たい。
だが、生きている実感があった。
「こっち!」
黒パーカーの女が走る。
俺は混乱したまま、その背中を追った。
背後では怒号が響いている。
「裏へ回れ!」
「逃がすな!!」
完全に状況がおかしい。
俺は三日前に死んだ人間で、
連続殺人犯で、
今、警察に追われている。
なのに。
隣を走るこの女は、
まるで全部知っているみたいだった。
「待て!」
俺は走りながら叫ぶ。
「説明しろ! 七回目って何だ!」
女は振り返らない。
「時間がないの!」
「俺は誰なんだ!」
「霧島レン!」
「だからそれが分からねぇって言ってんだろ!!」
女は急停止した。
細い路地。
自販機の明かりだけが青白く照らしている。
彼女はそこで、初めて真っ直ぐ俺を見た。
「……本当に覚えてないんだ」
その目には、驚きより絶望があった。
「名前くらい、演技じゃなく覚えてると思ってた」
「演技?」
「あなた、昔から嘘が上手かったから」
嫌な言葉だった。
俺は苛立つ。
「お前、何者だ」
「相沢ユキ」
「知り合いなのか、俺たち」
ユキは数秒黙った。
そして、小さく言った。
「恋人だった」
思考が止まる。
「……は?」
「半年前まで」
嘘だ。
そう言いたかった。
だが彼女の表情は、冗談を言う顔じゃなかった。
俺の頭の奥で、またノイズが弾ける。
夜景。
缶コーヒー。
笑う女。
『レンは、優しいね』
知らない記憶。
なのに胸が痛む。
「っ……」
頭痛。
視界が歪む。
ユキが一歩近づく。
「無理に思い出さなくていい」
「何が起きてるんだよ……」
声が震えた。
怖かった。
記憶がないことが。
自分が何をしたのか分からないことが。
ユキは唇を噛み、覚悟を決めたように言った。
「あなたは、七回死んでる」
空気が止まった。
「……は?」
「正確には、“殺されてる”」
意味が理解できない。
「でも、そのたびに戻ってくる」
俺は笑いそうになった。
現実感がなさすぎて。
「ふざけんな」
「ふざけてない」
「そんなのありえ——」
「じゃあ、どうして霊安室で目覚めたの」
言葉が詰まる。
ユキは震える声で続けた。
「最初は事故だった」
「……」
「二回目は刺殺」
「……」
「三回目は焼死」
寒気がした。
「全部、同じ人に殺された」
遠くでサイレンが鳴る。
ユキは俺の腕を掴む。
「レン、聞いて」
その目は涙を堪えていた。
「あなたは今、“八回目”に入ってる」
「何なんだよ、それ……」
「次に殺されたら——」
ユキはそこで言葉を止めた。
まるで口にしたくないみたいに。
「……終わるの」
次の瞬間。
パンッ!!
乾いた破裂音。
ユキの肩から血が飛んだ。
「っぁ……!」
彼女の身体が揺れる。
銃声。
俺は反射的にユキを抱えて倒れ込んだ。
道路脇のコンテナに身を隠す。
呼吸が止まりそうだった。
誰かに撃たれた。
警察じゃない。
もっと静かで、
もっと慣れた射撃だった。
コツ、コツ、と靴音が近づいてくる。
暗闇の向こう。
街灯の下に、一人の男が立っていた。
黒いコート。
細身。
手には拳銃。
そして男は、
まるで旧友を見るように微笑んだ。
「久しぶりだな、レン」
その声を聞いた瞬間。
俺の全身が凍りついた。
知っている。
本能が叫んでいる。
こいつを知っている。
男は優しく笑った。
「今回は、どこまで思い出した?」




