第十四章 六回目の真実
「……違う」
声が掠れた。
041-Zはナイフを指先で回す。
銀色の刃が、
赤い警報灯を反射していた。
「違わない」
「俺は……」
「覚えてるだろ?」
その瞬間。
頭の奥で、
封じられていた記憶が弾けた。
雨の夜。
白い部屋。
女の悲鳴。
俺の手。
ナイフ。
血。
「っ……ぁ」
膝が揺れる。
041-Zは笑っていた。
「六回目。
お前は完全に壊れかけてた」
「黙れ……」
「ユキを人質に取られて、
カナメに命令された」
脳裏に蘇る。
拘束されたユキ。
泣いていた。
『お願い……やめて』
そしてカナメの声。
『殺せば助けてやる』
「……っ」
呼吸が止まる。
041-Zが静かに言う。
「お前、刺したよ」
ノイズ。
血。
絶叫。
俺は確かに、
女へナイフを突き立てていた。
「違う……」
「でも面白いんだよな」
041-Zは愉快そうだった。
「お前、
一回刺した後で吐いた」
胸が潰れそうになる。
「震えて、
泣いて、
壊れそうな顔してた」
やめろ。
「なのに二回目は早かった」
頭痛。
視界が赤い。
「三回目には、
女の悲鳴を聞いても平気になった」
「やめろ!!」
俺は叫ぶ。
だが記憶は止まらない。
俺は殺した。
本当に。
作られた記憶じゃない。
俺自身の手で。
「……ぁ」
吐き気。
崩れ落ちそうになる。
041-Zは静かに近づいてくる。
「だから言ったろ」
耳元で囁く。
「俺たちは同じだ」
違う。
違うはずなのに。
否定できない。
その時。
橘が叫んだ。
「レン!!」
銃声。
041-Zが後退する。
橘が俺の前へ立った。
「そいつの話を全部信じるな!」
「でも俺は……!」
「それでもだ!!」
橘の怒声。
「お前が何をしたかより、
今どうするかを見ろ!!」
息が止まる。
橘は荒く呼吸しながら言う。
「罪は消えない。
でも人間は、
それだけじゃ決まらねぇ」
その目は、
本気だった。
041-Zはつまらなそうに笑う。
「綺麗事」
「うるせぇよ」
橘は銃を構える。
「俺は綺麗な人間じゃねぇ」
苦しそうな声。
「レンを売ったのも事実だ」
俺が顔を上げる。
橘は目を逸らさなかった。
「だから今さら正義ぶる気もない」
静かな声。
「でもな」
橘は俺を見る。
「お前には、
まだ人間の顔が残ってる」
胸が痛む。
041-Zが鼻で笑う。
「だから弱い」
「違う」
俺は立ち上がる。
頭はぐちゃぐちゃだった。
罪悪感。
殺意。
後悔。
全部混ざっている。
でも。
ユキを助けたい気持ちだけは、
嘘じゃなかった。
「……俺は」
拳を握る。
「もう逃げない」
041-Zの笑みが消える。
『自爆まで、四十五秒』
警報。
施設が大きく揺れる。
天井から埃が落ちた。
橘が叫ぶ。
「ユキの場所は奥だ!!」
041-Zがナイフを構える。
「行かせると思う?」
次の瞬間。
俺は踏み込んでいた。
もう迷わない。
041-Zの刃を避ける。
拳を叩き込む。
だが041-Zも笑いながら殴り返す。
互角。
まるで鏡みたいな戦い。
その時。
頭の中の“もう一人の俺”が、
静かに呟いた。
『……行け』
俺は息を呑む。
「……え」
『ユキ、助けたいんだろ』
初めてだった。
こいつが、
殺意以外を口にしたのは。
041-Zも一瞬だけ動きを止める。
その隙。
橘が041-Zへ発砲した。
銃声。
041-Zが避ける。
「今だ!!」
俺は走った。
奥の通路。
赤い警報灯。
崩れ始める天井。
その先。
一番奥の白い部屋が見える。
ガラス越しに、
拘束されたユキがいた。
だが。
部屋の扉の前に立つ人物を見て、
俺は凍りついた。
カナメだった。




