第十五章 カナメ
白い部屋。
赤い警報灯。
崩れ始める天井。
その中央で、
カナメは静かに立っていた。
まるで何事もないみたいに。
「遅かったな、レン」
優しい声だった。
昔、
施設で聞いた声と同じ。
だが今は、
吐き気しかしない。
「ユキを離せ」
俺は息を切らしながら睨む。
ガラスの向こう。
ユキは拘束されたまま、
必死に首を振っていた。
『来ないで』
唇がそう動く。
カナメは笑う。
「本当にユキが好きなんだな」
「黙れ」
「安心しろ。
まだ死なない」
その言葉に違和感が走る。
「……まだ?」
カナメは俺へ歩み寄る。
「レン。
お前はいつも選ばされる」
静かな足音。
「人を救うか。
壊れるか」
「お前の遊びに付き合う気はない」
「遊びじゃない」
カナメの目が揺れる。
「証明だよ」
「何を」
数秒の沈黙。
そしてカナメは、
初めて苦しそうな顔をした。
「人間に善なんて存在しないってことを」
空気が止まる。
カナメは小さく笑った。
「レン。
お前、昔から理解できなかった」
記憶が蘇る。
施設の裏庭。
泣いている子供。
その子を庇う俺。
遠くから見ているカナメ。
『なんで助けるの?』
『困ってるから』
『それだけ?』
『うん』
あの時、
カナメは本当に分からない顔をしていた。
カナメは静かに言う。
「人間は結局、自分のために動く」
「……」
「愛も正義も全部そうだ」
その声は、
怒りというより、
諦めに近かった。
「でもお前だけは違った」
俺は眉を寄せる。
カナメは笑う。
「だから壊したくなった」
狂ってる。
本当に。
だが。
その奥に、
どうしようもない孤独が見えた。
「お前……」
「レン」
カナメは俺の胸を指差す。
「六回目で人を殺した時、
お前、本気で死のうとしただろ」
息が止まる。
思い出す。
血まみれの手。
震える身体。
吐き続けた夜。
そして。
自分の首へナイフを向けた。
「……っ」
「でも死ねなかった」
カナメの目が歪む。
「それでも誰かを守ろうとした」
静かな声。
「意味が分からなかった」
その時。
頭の中の“もう一人の俺”が、
低く呟いた。
『……カナメは羨ましかったんだ』
俺は息を呑む。
カナメは続ける。
「だから知りたかった」
一歩近づく。
「お前が完全に壊れても、
まだ人を愛せるのか」
警報音。
『自爆まで、二十秒』
施設が大きく揺れる。
天井が崩れ始める。
だがカナメは動かない。
「解除コードを言え」
俺は睨む。
カナメは笑った。
「知ってるだろ?」
その瞬間。
記憶が繋がる。
白い部屋。
幼い俺とカナメ。
施設のロッカー番号。
いつも二人で隠れていた場所。
『041』
違う。
その下。
カナメが落書きした数字。
『1107』
「……1107」
機械音が止まった。
一瞬の静寂。
そして。
『解除コード承認』
赤い警報灯が消える。
静かになる施設。
俺は息を吐く。
助かった。
だが。
カナメは少し寂しそうに笑った。
「思い出したか」
「終わりだ」
俺は言う。
「もう終わりにしろ」
カナメは数秒黙り、
そして静かに首を振った。
「無理だよ」
「……」
「俺はもう、
人間に戻れない」
その瞬間。
カナメが懐から拳銃を抜く。
俺は身構える。
だが。
銃口は、
自分の頭へ向いていた。
「っ!?」
ユキがガラス越しに目を見開く。
「何して——」
カナメは笑った。
「レン」
その顔は、
昔の少年みたいだった。
「最後まで、
お前だけは理解できなかった」
引き金へ指がかかる。
「でも——」
涙みたいに笑う。
「少しだけ、羨ましかった」
パンッ——。
乾いた銃声が、
白い部屋に響いた。




