第十一章 041-A
041-Aは、まるで機械みたいに無駄がなかった。
銃口がぶれない。
呼吸も乱れない。
感情がない。
なのに。
その目だけは異様に冷たい。
パンッ!!
再び銃声。
橘が俺の肩を掴み、
強引に廊下脇へ押し込む。
弾丸が壁を抉った。
「っ……!」
「レン、頭下げろ!」
橘が応射する。
だが041-Aは、
最小限の動きで弾を避けた。
ありえない。
人間の反応じゃない。
041-Aは淡々と歩いてくる。
「CASE041。
危険度S指定」
無機質な声。
「排除を開始する」
「……ふざけんな」
俺は歯を食いしばる。
あれが俺?
あんな空っぽの化け物が?
その瞬間。
頭の奥で“もう一人の俺”が笑った。
『似てるじゃん』
「違う」
『殺すことに躊躇がない目だ』
「違う!!」
叫んだ瞬間。
041-Aがこちらへ突っ込んできた。
速い。
一瞬で距離を詰められる。
拳。
反射的に腕で受ける。
鈍い衝撃。
「ぐっ……!」
重い。
まるで鉄骨に殴られたみたいだった。
041-Aは追撃を止めない。
膝蹴り。
肘。
首狙い。
殺すためだけに最適化された動き。
だが。
俺の身体も勝手に動いていた。
避け方が分かる。
急所が分かる。
殺し方が分かる。
「っぁ!!」
俺は低く潜り込み、
041-Aの脇腹へ拳を叩き込む。
鈍い音。
だが041-Aは顔色一つ変えない。
逆に、
ゆっくり俺を見る。
「学習速度上昇確認」
不気味な声。
「人格統合率、進行中」
嫌な寒気。
橘が叫ぶ。
「レン! そいつを見るな!!」
遅かった。
041-Aの目を見た瞬間、
大量の記憶が流れ込んできた。
暗い部屋。
無数の俺。
培養液。
チューブ。
白衣の研究員。
『複製成功率12%』
その中で。
何十人もの“俺”が死んでいく。
「……ぁ」
吐き気。
041-Aが俺の首を掴んだ。
壁へ叩きつけられる。
「がっ……!」
「お前は欠陥品だ」
041-Aは感情なく言う。
「感情を残した時点で失敗だった」
首が締まる。
息ができない。
その時。
俺の頭の中で、
“もう一人の俺”が低く囁いた。
『貸せ』
「……っ」
『身体』
駄目だ。
分かっている。
こいつに主導権を渡したら終わる。
だが。
041-Aの握力が強まる。
視界が暗くなる。
死ぬ。
『死ぬぞ』
声。
『ユキ、助けなくていいのか?』
胸が揺れる。
助けたい。
絶対に。
『なら使え』
その瞬間。
何かが切り替わった。
世界の色が変わる。
音が遅くなる。
041-Aの筋肉の動きが、
全部見えた。
俺は笑っていた。
自分でも気づかないまま。
次の瞬間。
俺の右手が、
041-Aの肘関節を逆方向へ折り曲げる。
ゴキンッ!!
異常な音。
041-Aの腕が砕けた。
橘が凍りつく。
「レン……?」
だが俺は止まらない。
膝。
喉。
眼球。
“壊し方”が自然に分かる。
041-Aが初めて後退した。
「戦闘パターン変化確認——」
言い終わる前に。
俺は041-Aの頭を壁へ叩きつけた。
血飛沫。
何度も。
何度も。
「レン!!」
橘の怒鳴り声。
その瞬間。
俺は我に返る。
041-Aは床に沈んでいた。
頭部が潰れ、
もう動かない。
静寂。
俺は自分の手を見る。
血まみれだった。
そして。
震えていた。
恐怖じゃない。
興奮で。
「……違う」
息が乱れる。
今、
俺は気持ちよかった。
人を壊して。
『だから言ったろ』
頭の中で、
“もう一人の俺”が笑う。
『お前、俺なんだよ』
「黙れ……」
『認めろよ』
声が近い。
『お前、本当は壊れてる』
その時。
地下施設全体が揺れた。
『自爆まで、五分』
機械音声。
橘が叫ぶ。
「急ぐぞ!!」
だが。
041-Aの死体の胸元から、
一枚のカードが滑り落ちる。
白いカード。
そこには数字が印字されていた。
『041-B』
俺の血が凍る。
橘がカードを見て顔色を変える。
「まさか……」
その直後。
地下通路の奥から、
無数の足音が聞こえた。
コツ。
コツ。
コツ。
暗闇の中。
次々と現れる人影。
全員、
俺だった。




