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希望を奪う者

「な゛っ、……何故だ!?」


肩口への衝撃と痛みにロイドは身体が崩れかけた。


だが鋭い視線を向け即座にシリウスの名をもう一度名を呼び攻撃を止めるよう命令する。

撃たれたのが利き腕の方でなくて良かった。


しかし黄金色の瞳はギラついたままだ。

次々に浮上する錆び付いた鉄。


それを前にロイドは隠し持っていた拳銃を取り出し銃口を勢いよく向けた。発報でなく牽制のため。


考えろ、焦るな……。


錆びた鉄が浮上する動きは先程より鈍かった。

加えて攻撃も不自然だ。


もしも自分が同じ力を使えたなら、肩でなく喉を潰すか速殺可能な場所を狙っていただろう。


つまり洗脳が完全に効いていない訳ではない。

なにか効きにくい仕掛けがこの場にあるのだ。


だがそれを探すより先に目の前の攻撃を止めねばならない。


とはいえ護身用の拳銃を撃てばいいわけではない。無数の鉄を前に構えたが、これで状況が互角。


ロイドは苛立ちと緊張の混じる冷や汗を背中に感じながら、銃口を静かにヒストリアへと変えた。


手下の報告によればシリウスは随分とヒストリアの世話を焼いていたようだ。


せっかく辺境送りにした大聖女のなり損ないによくも面倒な事をしてくれた。


アリアの探知が消えたその原因は間違いなくヒストリアにある。


先に殺して無力化しておくか。

いや、目の前で殺してしまえば一瞬で蜂の巣にされるだろう。窮地に変わりない。


ロイドは思考を止めず、そしてふと閃いた。

張り詰めた空気に唇が震える。


これは武者震いだ。

何も拳銃だけが窮地を脱する手立てではない。




ーーーー試してみる価値はある。


「アリア!足元の鉄でヒストリアの喉を裂け!」


瞬間、アリアは固まり瞳が曇る。

やはりシリウスの洗脳への抵抗が最大値、アリアのように何年も支配した対象は抵抗出来ないのだ。


アリアはすぐさま鉄を拾った。

尖ったそれを至近距離で振り上げる姿にロイドは確信した。


ヒストリアが祈る間はなく、ロイドは口角を持ち上げた。

そして予測通り、アリアの攻撃は阻まれその身体が風圧で後ろへと弾き飛ばされる。


シリウスはロイドの攻撃よりもヒストリアを守る方を優先したのだ。


「分かったぞ……」


大聖女だからか知らないが、シリウスにとってヒストリアは特別なのだろう。


洗脳を遮断する仕掛けを持っていれば当然狙われる。


そんな危険なものをヒストリアに預けるわけがない。持っているならシリウス自身だ。


そもそもヒストリアの祈りがない時点で免れていたことから察するに今も展開されているはず。


そして魔法は多少の差があれど光を放つ。


対抗するなら聖女の声か、いや、音は聞こえない。

それに相当するものか……。


無音で、そして相殺を可能なとする仕掛け。

それがあるとすれば音を拾う場所……ーー耳か。


ロイドはシリウスに向けて銃口で捉える。


ーーあれだ。

そしてすぐさま撃ち放った。


銃声が響き、耳許で淡く光っていた石が砕け、血液が飛散する。


「ルーメンっ!!」


ヒストリアが叫んだ。


「っ……まだ大丈夫だ、ヒストリア……祈れ……」


出血し耳を抑えるシリウスにロイドは嬉々として告げる。


「シリウス、ヒストリアを拘束しろ」


シリウスは目を瞠ったあと痛みか嫌悪故か顔を歪め、ロイドを睨みつけた。


そして何か口走る。

だがそれが何かは分からない。

しかし今はどうでも良い。


今度は確実に効いている。

その確信があるのだから。


瞬きを繰り返し呼吸を荒げる姿は既視感がある。最初にアリアとユリアンを捕らえた時と同じもの。

あの二人よりも抵抗は強いが、所詮は魔法使いだ。


抗えるはずがない。


ヒストリアは祈り始めていたが、ロイドはすぐさまアリアに命じた。


「アリア、僕の妹を締め上げろ」


絶対に解かせてなるものか。

首を締め上げられ、ヒストリアの苦しげな姿が映る。


これでいい。

誰にも邪魔はさせない。


洗脳を受けたアリアの拘束によってヒストリアの祈りがシリウスに届くことはない。


しかし未だ動き出そうとしないシリウスにロイドはもう一度言い聞かせた。


「シリウス。いいか、僕がお前の主人だ」


シリウスは俯き黙り込む。

ロイドは片眉を上げ見下ろし視線を眇めた。


まだ抵抗するつもりなのか。


もう一度命令しようとした刹那、視線が上がった。

その瞳からは完全に光は落ちている。


ロイドは唇を薄く開き喜色を孕む吐息を溢す。


「もういいアリア、こいつにヒストリアを拘束させる。お前は眠っていろ」


飽きた人形をしまうようにアリアに命令し、代わりに倒れて咽せるヒストリアの前にシリウスの影が落ちる。


最高だ。


ヒストリアの身体に錆びた鉄が針金のように変形し巻き付いてゆく。

その姿に肌が震え、ある種の達成感すら覚えた。


ロイドは手中に収めた下僕に命じた。


「シリウス、お前の魔法で僕の力を増幅しろ」


言えば、シリウスの手に灯った光がロイドを包む。


「これは……」


まるで制約の縛りを断ち切ったような、そんな清々しい感覚に血肉が湧き立った。


「ーー残念だったなヒストリア。シリウスは僕のものだ。お前はせいぜいここで泣き喚いていればいい……今までのようにな」


とはいえ、口元まで巻きついている。

口を開けば錆で肌を傷つけ痛みが伴うだろう。


か弱い元ご令嬢のヒストリアが顔を傷つけてまで抵抗するわけがない。


喚くことも歌うことも出来ないだろう。


「ーーあぁ、間違っても解除しようなんて思うなよ?洗脳を解こうとした時、こいつは自害する」






ーーーーヒストリアは目を瞠ったまま瞳に涙を溜めていた。


ロイドに従い後ろを歩むルーメンの背が、遠くなってゆく。


「解除すればこいつは自害する」


その言葉は重く響く。


地下牢の扉は冷たい音を立てて閉まり、足音も聞こえなくなった。


針金が幾重にも巻き付いて縛られた身体は動かそうとすると錆が肌をやすりのように撫でヒリヒリと痛む。


早く、助けに行かないと。


もがいても血が滲むだけで解くことは出来ない。

悔しさに固く目を瞑ると涙が頬を伝った。


事前に対策すると言ってルーメンが考えたのはヒストリアの声の波形を聖石に閉じ込め流すというもの。

理屈上は効果が見込めるはずと考えていたが、しかしアリアには効かなかったのだ。


そして何より……何も出来なかった。




ヒストリアは薄暗い床を睨みつけながら喉が震えて熱くなるのを感じる。

冷たい視線だった。


ヒストリアを見下ろしたルーメンの感情の消えた瞳を思い出す。


ーー約束したのに、私のせいだ。

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