姉妹の再会、地下牢の罠
階段に居たのはエリザベートだった。
まさか目的の人物がここに現れるなど誰も予想もしなかった。
川の浅瀬のような透明感のある瞳は大きく瞳孔が開かれ、真っ先にヒストリアの名を呼んだ唇が僅かに震えるとエリザベートは一歩後退る。
姉の戸惑いに、ヒストリアもまた安堵と苛立ちに沸き立つ心を宥めるのに喉の奥が熱くなり言葉が出ない。
しかし傍に居たベルナルドが焦りを滲ませた声で呼びかけた。
「エリザベート嬢、ヒストリア達は味方だ。今は探知もされていない!」
その言葉にエリザベートは訝しげにな視線をヒストリア達に向けたあと、ベルナルドに対し冷ややかに告げた。
「殿下……王宮は危険だと伝えたつもりですが」
「分かっている。だが、もはや私が隠れていても収拾はつかない。違うか?皆で協力しよう」
ベルナルドの問いにエリザベートは僅かに言い淀む素振りを見せたが、一度唇を引き結ぶと眇めた視線を返した。
「っ……私が必ずロイドを止めるので邪魔はなさらないで。今は魔法使いも不在ですから……衛兵に根回ししておりますの。この手でロイドを殺してでも、シェリル王女と王妃様は私がお守りします」
普段の完璧な笑みが消え、刺々しい言葉と共にこれまで見た事のない凍てついた面持ちが映った。
紡がれるのは自責に捕らわれ意地を張った女の言葉。
そうやってまた一人で抱えてしまうのか。
もはやベルナルドにすら期待していない、そうヒストリアには聞こえた。
「――どうやって?神殿まで絡んでいるのに、本当に衛兵を懐柔しているの?信用できるのっ!?」
背を向けるエリザベートに、ヒストリアは声を張り上げて言った。
「ヒストリア……あなたには関係ないわ。辺境送りの報復に来たのなら、悪いけれど後にしてちょうだい。私は忙しいの」
エリザベートは立ち止まると振り返ることなく子供を宥めるように告げた。
突き放すような言葉を真に受けるようなヒストリアではない。声を荒げるでもなく、真っすぐに背を見つめ問う。
「……だったら姉さんは何故ここに来たの?」
エリザベートは肩を揺らして振り返り目を瞠る。
確信を得たヒストリアは言い募った。
「ずっと解決の糸口を求めて神経を張り詰めていたのでしょう?だからこの騒動に反応して、確認しに来た……希望なのか危機なのか。一つでも保険が欲しいから……無謀な賭けに出るなんてらしくないわ……こんな時に意地張らないで!」
衛兵を懐柔したというのは本当だろう。話術が巧みなエリザベートのことだ。
魔法使いが不在というのが事実なら、そのタイミングで行動に出て篭絡した可能性は十分にある。
だがその実、不安なはずだ。
何重にも笑みを張り付けて仮面を被り続けた姉の用意周到な性格は、ヒストリアが十分に理解している。
そんな姉がこの場の様子を窺いに来たというのは、ロイドを止める手段に利用できるか否か判断しに来たと考えていい。
つまり裏を返せば、エリザベートは自分でロイドを殺めることの実現性に不確かなものを感じているという証拠だ。
「お願い……アリアの居場所を教えてちょうだい!また洗脳される前に助けたいの!この国の聖女達が守ろうとしたもののために」
ヒストリアは訴えた。
エリザベートが何より優先していたであろう、シルドバーニュの安寧を引き合いに。
しかしエリザベートは戸惑うように声を震わせた。
「……ヒストリア。あなたが浄化石というものを作れるほど聖力をコントロール出来るようになったことは知っているわ……でも助けたいなんて……あなたがこの国に手を貸す義理はないでしょう。それに私達があなたに何をしたか……」
自分も随分と拗らせていたが、姉の方がよっぽど雁字搦めになっていたのだろう。
姉の憂いや善意を擽れば頷くかと思えばこの始末だ。
ヒストリアは奥歯を軋ませたあと溜息を零しエリザベートに詰め寄った。
訳の分からないといった様子の表情を前に、勢いよく手を振りかぶり頬を叩く。
そして、じんじんと熱が響く掌を握り締めながらヒストリアは眉根を寄せた。
「正直、私は綺麗ごとだけで国を救いたいって言ってるわけじゃないの。ロイドに国を乗っ取られたら、姉妹喧嘩も出来なくなるじゃない……後から気付いて後悔するのはもう嫌……私はこれ以上、大切なものを奪われたくないの」
ヒストリアの剣幕にエリザベートは唖然とし、背後のベルナルドや公爵達がざわめく。
ただ一人、ルーメンだけがポツリとひとこと「……やり過ぎだ」と零すが、ヒストリアは聞かなかったことにして声を潜める。
「ここに居る私達と協力するの。一番いい方法よ。信じて」
エリザベートは打たれた頬を庇い、浅い息を肩で上下させながら顔を歪ませヒストリアを見遣る。
それから逡巡したのちに、苦々しく告げた。
「っ……王宮内の神殿にある地下牢よ……」
――――ヒストリアとルーメンはエリザベートの供述を元に王宮内部の神殿へ向かっていた。
ベルナルド達はエリザベートの誘導でシェリル王女に接触する手筈だ。
エリザベート曰く、幻覚の魔法使いは明日の婚礼の儀にまで戻ると告げて王宮を出たという。
その目的地はディート地区という話だが目的は不明。しかしエリザベートの推察では神殿に関係しているという。
実際、エリザベート自身もロイドから神殿に不審な動きがあれば報告するよう言われていたらしい。
やはり敵は一枚岩でない。
そして探知魔法が消えている今ならば、実質この王宮の脅威はロイドと神殿側の人間ということになる。
ロイドが再びアリアに探知を再開させる前に、先に合流しなければならない。
神殿は王宮の中央に存在し、城の中で一番豪奢な建造物である。
入口から王宮へと繋がる大きな道が一本存在し、その周りには小さな白い石がいくつも敷き詰められており、その中にはよく見ると聖石も混じっている。
そして厳かな雰囲気を漂わせるそれらを、さらに青々とした美しい芝が囲っていた。
ヒストリアは何度も足を運んだこの神殿を、柱の物陰から見つめながら呟いた。
「ここに幻覚を使う魔法使いが居なかったのは幸運ね……」
「そうとも言えない。ラキュウス辺境伯らの邪魔をされかねないからな……それに明日までに戻る算段があるという点も気になる」
ルーメンは神殿の入口を警備する騎士らを確認しながら言った。
「そんな……」
「だが今はとにかくアリアが優先だ。人の位置を知ることが出来るというのは厄介だからな」
足元の何かに触れながらルーメンは騎士達を見据えながら唱えると、蔦が延びて二人の騎士を襲った。蔦が幾重にも巻き付き口許をふさぎ騎士らは呻く。
「芝であんなことが出来るの……」
「いや。あぁいった類の雑草は見えないようでどこにでもあるからな」
拘束した姿を確認するとヒストリアはルーメンの背を追って中へ侵入した。
地下、といったエリザベートの言葉は正しく、騎士らの目を盗み地下へ繋がる道を降りてゆけば、アリアの姿があった。
牢の中でぐったりと憔悴して座り込んでいる。
その姿はヒストリアの知る赤い髪色ではなく、今はルーメンやユリアンと同じ色。
ユリアンの姉だというアリアは人の気配に視線を上げた。
そして僅かに瞳に光を宿し、鉄格子の向こう側で、掠れた声で呟く。
「……ルーメン……、ヒストリア様……?」
「いま助ける」
ルーメンはローブから小瓶を取り出すと赤い液体を鉄格子にかけた。
「それは?」
「ワインだ。鉄を腐食させる効果がある。これを魔法で加速する……」
ルーメンが手を翳せば、ワインは甘い香りから一気に酸味の強い異臭を放つ。
じわじわとワインをかけられた場所の鉄格子は色が変わってゆく。
ルーメンはそこを脚で蹴ると脆く崩れた。
同じ作業を繰り返し、徐々に人が通れるほどの穴が開いてゆく。
アリアは安堵した表情を浮かべたが、すぐにヒストリア達に問いかけた。
「ユリアンは……?あの子は無事なの?」
妹の安否に眉尻を歪めるアリアにヒストリアは声を和らげ頷いた。
「……えぇ。一緒に戦ってくれてるわ。今はロイドと神殿を糾弾するための証拠を運びにルキリュ領に居るはずよ」
しかし、アリアはヒストリアの言葉に青ざめた。
いや、実際には地下牢に響く足音に対し青ざめていたのだ。
緊張が走り、ルーメンの横顔が険しいものとなる。
「逃げて……」
アリアの弱弱しい声は扉を開く音でかき消された。
すかさずルーメンが落ちていた鉄格子の一部を掴んだが、それよりも先に狭い地下牢に聞き慣れた声が響く。
「シリウス・オッド・アルタイル。お前の主人は僕だ。その二人を捕らえろ」
ロイドの言葉にルーメンが固まり、攻撃の手が止まる。
魔法で風圧をつけながら飛ぶはずだった鉄格子は、床に落ち金属音が響く。
「……ユリアンに記憶を吐き出させてから、ずっと愉しみにしていたんだ。隣国の王子様を思いのまま操れる。僕に相応しい優秀な手駒じゃないか」




