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王宮潜入と再会

ベルナルドは荷台に背を預けながら、僅かに顎を傾け視線をヒストリアから外すと、先ほど紡がれた決意の言葉を脳裏で繰り返していた。

城下に入ったなら、残りの移動時間も限られている。

今のようにヒストリアと二人で話すことはきっともうないだろう。


そう考えると、肩を崩し俯き躊躇いを払うよう吐息を零すと、静かに口を開いた。



「――私は本当に、大聖女イクシス様を尊敬しているんだ。国王に軽視されながらも大聖女としての責務に人生を捧げた彼女の、自己犠牲という美徳に敬服し……私はその姿に多くの学びを得た」



「えぇ、存じております。殿下は私にいつもイクシス様を見習うよう仰られておりましたね」

「あぁ……だが、君の言葉を聞いて目が覚めたよ」


きっと自分の決意と敬意を伝えるのは今しかない。

自分なりに過去の約束と父の罪に向き合ってきたつもりだったが、印に囚われていたのは誰よりもベルナルド自身だったのだろう。



「……私がすべきは、傅くことでなく、イクシス様や君を解放する未来を作ることだったんだな」


情けなくも、傲慢令嬢と名高いヒストリアにベルナルドは救いの意味を気付かされた。

自ずと下がる眉尻をそのままに自嘲を孕む笑みを溢し顔をあげた。


すると整然とした表情でこちらを見つめるヒストリアと視線がかち合い、どくりと心臓が鳴る。


かつて自己中心的で権威に泣き縋るばかりの弱さは影を潜め、そこにあるのは自分の意思で人生を選ぼうとする矜持だった。

ベルナルドはますます複雑な想いを抱き、顔を歪め大きく吐息を零した。


丁度馬車の揺れが止まり一度大きく揺れた。

おそらく目的の場所へ着いたのだろう。


ベルナルドは兵が幌を開ける前に立ち上がると、ヒストリアに片手を差し出した。



「君が因果を断ち切るつもりなら、私も腹を括らなければいけないな。ヒストリア……いや、もう呼び捨ててはいけないか……――ヒストリア嬢。改めて、君達の協力に感謝する」


謝罪の言葉はきっといくら尽くしても足りない。

代わりに告げたのはベルナルドなりの誠意だった。


ヒストリアはそのつり目がちな蒼い瞳を細めては口許に品のある小さな笑みを湛える。


握り返された手はかつての婚約者のものではなく、今はただの同志のものだった。




――――王宮には正門と裏門の他に、限られた者だけが知る城下へと繋がる経路が存在する。どこの国にも在るだろう王族用の避難経路だ。

シルドバーニュはとにかくその数が多い。

理由はシルドバーニュが楽園と呼ばれるためである。


大聖女による浄化が行き届いた国の英知を諸外国は喉から手がでるほど欲しがっており、間諜を送り合う水面下の情報戦が続く時代なのだ。


そのため、いつ如何なる時も王家の血を絶やさぬよう、シルドバーニュの秘密の経路は数多く存在する。

ベルナルド達はそのうちの一つに向かっていた。


ロイドに探知されている可能性は鑑みたが、とにかく中へ入り、エリザベートに会わなければ話にならない。彼女ならアリアの監禁場所を知っているはずなのだ。


探知魔法が使えるというアリアを解放し、その力でロイドと王都の神殿側の動きを把握する。


夜の闇に紛れ、公爵邸で渡された古びたローブを羽織るベルナルド達は、経路の出口である一軒のタウンハウスへ移動した。

誰も住んでいないその家の絨毯の下に、地下経路へと続く階段が存在する。


赤を基調とした色とりどりの美しい刺繍が施された絨毯は薄っすらと埃がかぶっている。

兵士が絨毯を剥がし通路の入り口に灯りを灯していると、弓を背負ったオリハルト公爵が木箱を持って現れた。


「――殿下、これを」


蓋を開くと中には剣が収まっていた。

奇襲を受けた際に愛用していたものが刃こぼれを起こしたと告げていたが、公爵はそれを覚えていたらしい。


「この邸で管理していた備品ですので、手入れは行き届いております」


ベルナルドは受け取ると所持していた紋章入りの剣と取り替えながら、公爵に問う。


「助かる。……して、この路は王宮の第一会議室へ繋がるもので間違いないな?」

「はい。衛兵の詰所から遠く、二階へ繋がる階段に一番近い路でございます」

「では先を急ごう」


ルーメンにはこの邸の存在を伝えてある。

追いつくと言ったルーメンの言葉を信じるヒストリアを連れて、無事にシェリルの部屋まで辿り着かねばならない。


エリザベートが居るとすれば一番考えられるのはそこだからだ。

一番古い暗く狭い道を前に、ベルナルドは斜め後ろに控えるヒストリアを一瞥して言った。


「ヒストリア嬢、足元に気を付けてくれ。ここは道が狭く荒い」

「はい。……殿下はこの路を通ったことがあるのですか?」


「王族だからな。覚えるためには実際歩く方がいいと叔父上に言われたんだ……」


言いながら、意外なところに疑問を持つヒストリアにベルナルドは気付き、小さな笑みを吐き出した。

まさかそんなことを聞かれるなど思わなかったのだ。


今までのヒストリアなら、ベルナルドがどうして道が荒い事を知っているかなど、気にも留めなかったはずだ。それ以前に整備されていない道を歩くこと自体を嫌がっていただろう。


なんせ足元はでこぼこと荒く、やっと一人が剣を振り回せる程度の狭い道なのだ。


変わったと思ったが、思っていた以上かもしれない。


「ラキュウス辺境伯とは親しかったのですか?」

「……会う機会は滅多となかったが、会えば私のためになることを教えてくれた」


暗く細い道を足早に進みながら、ベルナルドは変人と呼ばれる叔父の姿を思い出す。

ベルナルドの父である国王から嫌われていたために早々に王宮を出てしまった叔父は、ベルナルドに対し必要以上に近付くことはなかったが、会えばいつも重要なことを言っていた。


イクシスに対する感情が敬服ならば、ベルナルドはラキュウスに対し畏怖のようなものを感じていた。


「ここを上がれば第一会議室の隠し部屋へ着く。まずはそこを抜けて二階へ行きたいが、万が一はぐれた場合も合流地点はシェリルの部屋だ」


会議室へと繋がる階段を前にベルナルド達はいったん止まり、兵士が先に外の様子を偵察に行っている。

ベルナルドは当然ヒストリアを守る気でいるが、ここから先は何が起きるか分からない。


しかしヒストリアもオリハルト公爵も城にはある程度詳しいので場所を決めていれば散り散りなることはない。

ベルナルドが確認していれば、偵察に行った一人が戻り報告した。


「――殿下、閣下。会議室には誰もいません。その周囲も確認しましたが衛兵の姿はないです」


行く手を阻む敵が見当たらないというのだ。


「殿下。経路の情報は極秘事項とはいえ、あまりに不自然ですね……」


オリハルト公爵に続きヒストリアも頷いた。


「ロイドはきっと私達の行動を把握しているはずなのに、まだ襲撃されないなんて……」


二人の言葉にベルナルドは一瞬押し黙り、不気味な歓迎に眉根を寄せた。


「――我々に明日の婚礼を邪魔される心配はない、と……よほどの自信があるのか……――十中八九、罠だろうな……だが止まっている方が危、」


その時、言葉を遮るように突如明かりが差し込みベルナルド達を照らした。


現れたのは王都中央神殿の最高位の存在である大司教だった。


「なるほど、探知魔法とはやはり便利ですね……ロイド様の言う通りだ」


感心したように長い口髭を撫でながら満足そうに双眸に弧を描く姿は、まるで熊のように図体が大きく卑下た笑みに不快なものを感じた。


「大司教……貴様……」


やはり待っていたのだ。

婚礼前に王都で騒ぎを起こしたくない連中の算段はある程度読めていたが、まさか大司教直々に登場するとは。ベルナルドの予想をはるかに超えていた。


それほどに余裕があるのだろう。


「そしてやはり例の魔法使いは居ない、と……予定通り、ヒストリアを人質に!他は殺してよい」


言葉の違和感にベルナルドが眉を寄せた瞬間、大司教の後ろから騎士が現れ大剣を振りかざそうとした。


「……いったん奥まで下がれ!」


ベルナルドが叫び、公爵の兵が騎士の大剣を受け流し応戦する。

階段前の広い場所から後退し、地下経路へと戻る最中大司教の声が響いた。


「多勢に無勢、たった数人のあなた方に何が出来るのですか!?目的はシェリル王女の救出でしょう?」


勝ち誇った勝者の声が響き、後ろでヒストリアが声を潜めた。


「殿下。あの方、私達がなぜこの路を選んだか理解していませんね……」

「あぁ……君は安心して祈ってくれ、我々が守る」


この狭い場所なら数名でも立ち回りが可能だ。

大剣を振りかざすには厳しい狭い通路で、こちらは小回りの利く剣と弓がある。


挟み撃ちにされるリスクはあるが、あの大司教の驕りからして、賭けともいえる強硬手段の初手に手応えはあった。


ここからヒストリアの祈りでアリアの洗脳を解き、エリザベートを通じて監禁場所を特定し回収する。これが本来の目的なのだ。


辺境で目覚めたというヒストリアの大聖女としての力。

白銀に輝き透き通る歌声を背に、初めて目にするヒストリアの聖力を感じながら、ベルナルドは剣を握り直した。


「歌……?まさかここからロイド様の力を、っ……馬鹿めが!!」


剣のぶつかる音が響き、公爵の弓に体勢を崩す騎士らに動揺しつつも、奥で大司教が喚いた。


「聖者でなく、洗脳された者への術なら解けるはずだ!」


ベルナルドはヒストリアに言い聞かせるように告げた。

辺境でルーメンらと共に浄化石を作ったというヒストリア。


彼女の聖力は今までベルナルドが目にした以上に安定し、そして温かく神々しい光を放っている。

その声が反響し空気に伝播してゆく。


しかしやはり、予想が当たって欲しくはなかったが、後方から音が聞こえる。

金属が軋むいくつもの足音だ。

狭い地下通路を進んできているであろう、神殿騎士らの存在にベルナルドは剣の先を変え構える。


そして騎士の一人を目視した瞬間、走り切り伏せた。

王太子自らの登場に、二人目の騎士は一瞬の躊躇を見せ、その隙をついて貫いたが、大司教は再び大声で騎士達を叱咤する。


「何をしているっ、その者は偽物だ!ベルナルド王太子は事故死したと言ったであろう!切り殺せぇっ!」


大司教の声に、目の前の聖騎士がはっとして構える。

互角、ともいえる相手にベルナルドはとにかく意識を剣に集中させ刃を交えた。


王都中央の神殿は公爵邸に騎士団をやっていた。そして城下での大きな動きが制限されているのなら、動かす騎士にも限りがある。


ここを耐え忍び、アリアの探知を解除できれば潜入に成功するのだ。

しかし、徐々に息は荒くなる。あまりに数が多い。


ベルナルドは目の前の騎士を切り伏せた瞬間、唐突に現れた大剣の一突きに足を崩し、そのまま首元へ向かって振りかざされた剣を避けるように弾き返したが、地面へ叩きつけられ転がった。


刹那、影が落ち、騎士の重厚な剣がベルナルドの目の前に迫った。


「殿下っ!!」


オリハルト公爵の声があがった、次の瞬間、赤い布のようなものが騎士らの首に巻き付き締め上げた。

そして次々に気絶し、倒れてゆく。


「――……ルーメン」


その先から現れたのは、暗闇に鋭く光る黄金色の瞳を持つ魔法使い。


「王太子殿下、ヒストリアを守ってくださりありがとうございます」


ルーメンが地面に手をつくベルナルドの横を至極冷静に過ぎて、オリハルト公爵らの前に出て手を翳すと、色とりどりの布が神殿騎士らに巻き付き、次々に縛り上げる。

見覚えのある色が容赦なく神殿騎士らを拘束し気絶させてゆく様に、ベルナルドは言葉を失った。


「ここからは私にお任せください」


ルーメンの声が耳に落ち頷きながらベルナルドはヒストリアへ視線を移した。


祈りに集中し目を閉じたまま歌い続る姿は、かつてイクシスに敬服を感じた姿と似通っている。

だが、その表情はルーメンの存在に気付いたからか僅かに和らいでいた。


大司教はこのように圧倒されると考えていなかったのか、縛り上げられ気絶する騎士らを振り払って王宮内に逃げようと慌てている。


しかし許されるはずがない。

片脚に引っかかった布に呆気なく倒れ、その後身体はルーメンの元に引き戻されてゆく。


「ま、待て……貴様に良い話がある、ロイド様はお前を……」

「黙れ。お前に用はない」


凄みのきいた低い声に大司教が呻いたが、彼だけでなくその場の空気が緊張する。

そして有無を言わせず無数の布に締め上げられた大司教は、ルーメンの足元で白目を剝いていた。


その身体を片脚で転がしたルーメンは大司教の身体から何かを探り出し視線を留めると、直後にヒストリアを振り返った。


「……ヒストリア、もういい。アリアの洗脳は解けている」


ベルナルドはヒストリアの輝きが鎮まるのを見て、肩で大きく息をつきながら立ち上がった。

ヒストリアに対し後悔の念を抱きかけていたが、恋い慕っているであろう相手は男として敵う相手ではない。


一貫して冷静に対処していく姿は、ベルナルド自身が畏怖する叔父――ラキュウス辺境伯に引けを取らない姿があった。





――――ヒストリアはルーメンの声に弾かれたように双眸を開いた。

血を流し倒れる騎士の他に、布が巻き付き気絶している者など様々だが、危機が去ったことが分かると、ずかずかと令嬢らしからぬ動きでルーメンに詰め寄った。


「ルーメン……!エリザベートを説得しろなんて言ってたけれど、あなた本当はここで私達を囮にしたんじゃないの!?到底辿り着きっこなかったわ!」


ベルナルドがヒストリアを守ろうと背後からくる神殿騎士に剣を振りかざしたところまでは覚えているが、それ以降は祈りに集中していたため記憶がない。


そして祈りの中で、何かの結び目を解いたような僅かな感触を覚えあと、ルーメンの声が聞こえたのだ。

ほっとしたが、同時に腹が立った。


敵の襲撃は視野にいれていたが、しかしヒストリアがルーメン不在のままエリザベートのところまでたどり着くには少々難があるような気がしたのだ。


「……いや。状況次第でもう少し健闘出来たと俺は思うが」

「本当かしら?」

「本当だ。俺は君に嘘はつかない。ただ予想より敵が多かった」


淡々と告げる言葉に眉を顰め、ルーメンの瞳を見遣る。

どうやら本音のようだが、過信し過ぎではないだろうか。


そのような疑問を感じながら溜息を零せば、ルーメンは徐にヒストリアの左手を握った。

指先が触れるのは以前ヒストリアがルーメンに命じて口付けさせた場所だった。


「それに追いつくと言っただろう。怒っているのか?」


普段は冷めた黄金色の瞳が、初めてヒストリアの機嫌を窺うように見つめてくる。

ずるい。


「っ……違うわよ。ちゃんと来てくれたから、安心しただけ……」


本当に、ただそれだけで、皆が無事だったことに安堵し、そして少し文句を言いたくなっただけなのだ。

ヒストリアは耳が赤くなるのを感じながらルーメンの手を払うと周りを見遣る。


ベルナルドもオリハルト公爵も兵士もみなが無事で本当に良かった。

そしてアリアの洗脳が解けた実感もあった。

ユリアンの洗脳を解いた時よりも一段と力が安定し、自信がついてきている。


すると唐突に会議室へ続く階段の方から足音がした。

コツコツと響くそれは男性のものではない。


ベルナルドとオリハルト公爵らが身構え、ヒストリアもまた緊張の息を呑んだ。


「誰だ?」


ルーメンが問う。

そこに現れたのは、涼やかな銀糸が真っ直ぐ垂れる儚げな女性の姿。


「……ヒストリア……あなたなの……?」


足音の主は、エリザベートだった。

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