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罪の告白と羨望の行方

襲撃のあと、ベリルは後からやってきたスレイにだけ事情を伝え少女をルーメンの家に連れ帰り、その日は解散することとなった。


「直ぐにまた襲撃されることはないだろうが、ユリアンが生きている事が知れれば相手も悠長に構えていないだろう」

ルーメンは帰り際のベリルに対し、念を押すように言った。


「分かってる」

「すまないな。厄介なことに巻き込んだ」

「別に。お前のことは金のなる木だと思ってるから構わねぇ。俺の義手、タダでよろしく頼むぜ」

「近々寸法を測りに行こう」

ルーメンの返事に満足した様子のベリルは緩やかに口角を持ち上げたあと、少女に付いていたヒストリアへ視線を向けた。

「一応確認しておくが……お前はセシルじゃなく、ヒストリア・フランドールなんだな?」

「えぇ。ここに追放されて偽名を使っていたの」

「……分かった。何かありゃ力にはなる。報酬もそれなりに頂くが。じゃあな」


そう言えばベリルは片手でルーメンの肩を叩くと、暖炉の傍で絵本を捲っていたロマとティアを呼びつけるなり去っていった。



しばらく無言でユリアンを見つめていたが、沈黙を破るようにヒストリアはルーメンへ声をかける。

「ねぇ、二人は知り合いなの……?」

眠っているユリアンの額に触れ、艶めいた黒髪を撫でつけながら訊ねると、ルーメンは瞼を落とした。

「そうだな……知り合いというより、旅の仲間だった」

「仲間?」

初めて聞く話に興味を抱く一方で、懐かしむように言うルーメンの口ぶりにヒストリアの胸中ではもやもやとした感情が渦巻いた。

「あぁ。セシルの古い友人を探してもらうために二年ほど行動を共にしたんだ。ユリアンの姉は探知魔法の使い手だったからな」

「……その人は見つかったの?」

「いや。見つけられなかった。結局、もともと俺達は目的が違ったため別れることになったが……六年も前だ。もうとっくにシルドバーニュを出たと思っていた」

今までならこの複雑な感情を他者に当たり散らすか、不貞腐れて高圧的な態度に出て距離の埋め方を誤っていたが、ヒストリアはその感情に蓋をすると吐息を零して想像を巡らせた。


蘇ってくるのは、ユリアンが気を失う直前の言葉だ。

「聖者が関係しているのね……この子、怯えた顔をしていたわ」

「あぁ。聖者は魔法使いにとって脅威だ。聖女の歌が瘴気を浄化するなら、聖者は呪いを放つ対極の存在だ。聖者と呼ばれる特別な声を持つ者は、魔法使いを洗脳し意のままに操る……」


無意識に瞠目したあと、ヒストリアは眉根を寄せた。聞いたことのない話だった。

手広く文献を集めるルーメンから借りた書物にも聖者の言い伝えなど記されていなかった。


瘴気が蔓延するきっかけを作ったとされる魔法使い……特殊な力を持つ魔法使いはそれだけで迫害されてきたが、その強大な魔法を持つ彼らを思い通りに洗脳するなど、当人の倫理次第で危うい存在になり得る。

実際、ユリアンの不穏な発言とラキュウス辺境伯の情報だけでも十分に脅威が迫っていることが分かる。ヒストリアは考えただけで背筋が凍り、義兄のロイドの顔を浮かべた。

シェリル王女と結婚するというあの話。普通ではあり得ない二人の婚約に、もし裏があるのなら、まさかロイドがその聖者だとでもいうのだろうか。


一瞬過った考えはとても言葉には出来なかった。

「この子は聖者に洗脳されていたというの……?」

絞り出した問いに、ルーメンは難しい顔をしたあとユリアンを見つめた。


「それは本人に聞かなければ分からない……だが、君が癒すまで魔法を封じられていたのは間違いないだろう」



――その夜、ヒストリアは初めてルーメンの家に泊まった。まだ起きる気配のないユリアンをルーメンが二階の空き部屋まで運び、ヒストリアは小さな椅子に腰をかけて見つめている。

小さな蝋の灯りだけが、密かに揺れていた。


ずっとただの仔猫だと思って扱っていたものが人間だったとは未だに信じ難いが、あの光景は確かに現実で、どう受け止めるべきか悩ませる。

額に手を当てため息を溢した。

名前を知っているのは姿が猫のままで意識はあったということだろうか。

王宮では何が起きているのか。

聞きたいことはあったが、目覚めたとして、どう接すれば良いのだろう。


窓の外からは月明かりが差し込んで、蝋の明かりと交差し静かにヒストリアの影を揺らす。

暫くそのまま眺めていれば、ふとユリアンの指先が動いた。

すぐ後に眉間に皺が集まって何度か瞬く姿に釘付けになっていると視線がかち合う。


「ここは……」


不安そうな声音にヒストリアはユリアンに手を重ねた。

「大丈夫よ。ここはルーメンの家だから……呼んでくるわね。あなたを心配していたのよ。それと水差しがあるから、そこのコップを使って喉を潤すといいわ」

すぐに席を立ち扉へ向かおうと背を向ければユリアンの上擦った声に呼び止められる。


「あっ、あの……ヒストリア様……私のこと、覚えてらっしゃいますか?」

振り返りるとユリアンが上体を起こし身を乗り出していた。その姿をじっと見つめたが、すぐには思い出せなかった。

「……ごめんなさい。私、あなたとどこかで会ったことあるかしら……ちゃんと覚えていなくて」

ユリアンは眉尻を下げ、思い詰めた表情を浮かべたあと俯き言った。


「会ってます……ヒストリア様が王宮に召還される前に……」


ヒストリアは固まった。

それから飛び出すように記憶が蘇ってくる。ヒストリアに王妃が倒れた事を報告してきたメイドの声、その髪色、王宮で弁解する自身の姿。

黒い髪のメイドの名は……。

「……アン?」

「はい……。申し訳ございません!私がっ……私があなたの姿になって、王妃様に毒を盛りましたっ……」


ユリアンは背を曲げ寝具に額を擦り付け訴えた。

「本当に、申し訳ございませんっ!」


固まったままのヒストリアに向かって、それから何度も何度も謝った。

苦しそうな声で。

謝罪の言葉を浴びながら、ヒストリアはどこか自分が遠い位置にいるような錯覚をして、ユリアンに対し不快な感情が生まれ冷めた声で言った。


「……それだけ?」


「いえ……売人との取引も私が……他人に目撃されるよう動いたりもしました……他にもヒストリア様の姿で他のご令嬢に嫌味を言ったり……申し訳ございません、本当に……人生を、狂わせてしまい……」


取り留めなく吐き出される言葉は、ヒストリアの裁判が省略された理由を後押しするような内容だ。証拠が全て揃っていると国王が確信していたのも無理はない。

全てが恐ろしいほどに上手く嚙み合っていたのだろう。

叩けば埃が出てくるように。

しかし、そんなことは王宮の事情に詳しく、ヒストリアの予定や行動を熟知した人間が手引きしなければ必ず無理が出てくる。

だがあの断罪劇はまるで決定事項の通告で、有無を言わせなかった。

その条件を踏まえたうえで、どのタイミングで情報を開示するか布石を置いていくことを得意とする人物など、ヒストリアの知る限りエリザベートを以てして右に出るものはいない。

義兄のロイドとて、その血統という高い壁に阻まれ、王宮内部に関する情報を得るのは容易ではないはずだ。

幇助していたであろう姉の顔を思い浮かべれば不快な気分が一層増した。


――この子は一体なぜ。


ヒストリアは謝罪をするユリアンに歩み寄り正しく向き直ると見下ろした。


「あなたの罪の話をしたいわけじゃないの。私が聞いたのは、つまり……あなた、言い訳はしないの?」

ヒストリアの言葉に顔を上げたユリアンの瞳には涙の粒が溜まっていた。

瞳孔が開き、唇を震わせるその様子は、言葉を上手く呑み込めているのか不確かだ。

「言い訳なんて……私のせいでヒストリア様が……」

ようやく絞り出したユリアンの言葉は濁りのない懺悔だった。


ヒストリアの処遇に対する後悔と自責の念に駆られる姿は疑いようがない。

なんて純粋な子なんだろうか。なぜ、言い訳しないのか。理由を述べて自分は悪くないと訴えることは出来るはずだ。

実際、ルーメンに助けられた時のヒストリアは取り乱し、”なぜ”嵌められたのかなど考えず、感情的に訴えた。

『自分は悪くない、嵌められた、絶対に許さない』

あまりにも稚拙で、無実が事実だとしても憐憫よりもきっと、なるべくしてこうなったのだと思われる言動しか出来なかった。

以前よりずっと客観的に自分を鑑みるようになった頭ではそう思う。


だが、ヒストリアよりも幼いこの少女――ユリアンは、一切の言い訳を並べず事実だけを告げ、それを自分に責があるとしている。


だから不快なのだ。


あまりにも自分とかけ離れた存在。こんな風に考えられる子なら、きっと皆に愛されるのだろう。

これは羨望が混じった居心地の悪さで、同時に、追放劇に加担していたと告白されたというのに憎みきれない気持ちにさせた。

仔猫の姿だったユリアンと生活を共にした影響もあるのだろうか、逡巡したが答えはでない。

揺さぶられる感情に疲れを感じ、ヒストリアは淡い笑みを唇に落としたあと静かに背を向けた。


「あなたが素直な子だってよく分かったわ……ルーメンを呼んでくるからベッドで休んでなさい」

ユリアンは何か言いたそうにしていたが、ヒストリアは平静を装いながら逃げるように扉を閉めた。

そして俯き瞼を閉じる。

いきなりの事で有耶無耶にしてしまったが、ユリアンの告白を受け止める以前に、きちんと経緯を聞き出さなければならない。

ある意味、あれ以上問い詰めなかった自分を慰めるようにヒストリアは溜息を零した。


――――「ルーメン、あの子が目覚めたわ」

階下の研究室ではルーメンが古びた本を捲っていた。

その姿に声を掛けると、振り返った黄金色の瞳が観察するかのようにヒストリアを見つめ、それから本を置いて歩み寄る。

ヒストリアはそのまま連れ立って二階へ行くつもりで身を翻したが、刹那、手を引かれ無意識に歩みを止め振り返る。


「なに?」

どんな意図があるのかと訝し気に視線を返していれば、徐に手が伸びて頬に触れた。


「顔色が悪いな……」

ひんやりとした冷たい感触だ。

確かめるように今度は額にかかる煤けた銀髪を撫であげ額の温度を測るのが分かり、少ししてから骨ばった長い指が眼前を過り、離れていく。


明かに以前された時とは違う。

物憂げな色が混じる瞳と視線が重なり、ヒストリアは何度か瞬いたあと、少し俯いて口許に笑みを乗せた。

どうやら今度は本気で心配してくれているようだ。

ルーメン本人が意図してそうしたのかは分からないが、その行為だけで棘の立ったヒストリアの心は宥められていた。


顔を見ればほっとする。一緒に考えてくれる人がいるのだとそう思えたからだ。


「――大丈夫よ。少し疲れただけ」

「それだけか?」

「えぇ。疲れたの。だってあの子、いきなり謝ってくるんですもの。困るわ」

濁っていた感情が中和され、なんてことのないように軽く告げる。

ルーメンはヒストリアに視線を落としたまま少し間を置くと、落ち着いた低い声が柔らかに訊ねる。


「君が戸惑うほどの話を、打ち明けられたんだな」

「えぇ。……でも話の内容よりユリアンに驚かされたの。変よね。さっき少し言葉を交わしただけなのに、なんか伝わるのよ。あの子、すごく純粋そう……」

言い訳ばかりの自分とは違う、心からの謝罪を受けたように感じるヒストリアは毒気の抜かれた声で返すと笑った。


「なにか影響を受けているようだな……」

観測者の目を向けてルーメンが言う。

「そうね。羨ましいの。あんな風に振る舞えていればよかったって」

開き直ったヒストリアは胸中を吐露することで、それを受け止めていた。

自分にはない、ユリアンのような心根の優しさがあれば未来が違っていたかもしれない。

後悔先に立たずというが、そんな風に感じたことを認めざるを得ず、降参したように努めて明るく告白する。


すると唐突に抱き寄せられ、ルーメンの言葉が耳孔の奥に響く。

「――俺は、いつも変わろうと努力している君が好ましいが……それでは駄目か?」


ヒストリアは身体が熱くなるのを感じ騒ぐ心臓に戸惑う一方、聞き覚えのある言葉に平静を取り戻しながら視線を彷徨わせた。

ルーメンは以前も同じように価値があると慰めてくれた。

そしていつもヒストリアを見てくれている。

変わらない安心を与えてくれる腕の温もりはヒストリアがずっと欲していたものだ。

ベルナルド王太子殿下からは得られなかった、ほんの些細な努力を拾ってくれる相手。


ヒストリアが変わりたいと望み続ける限り、言葉に出来なかった感情を整理し、吐き出していいのだと気付かせてくれる相手だ。

まるで師のような存在だが、今や胸に明らかな熱が灯る相手にもなっている。


縁が切れることがないよう大切にしたい。

すっかり心が満たされ、ヒストリアは少し甘えるようにルーメンの胸に頬を寄せたあと、気持ちを切り替え顔を上げた。


「……慰めてくれてありがとう……あなたが見ててくれるのに、つい贅沢言っちゃったわ」

眉尻を下げ申し訳なさそうに告げれば、僅かにルーメンの瞳孔が小さくなる。

それから腕が解かれ宥めるように頭を撫でられる。


「そうやって溜めずに吐き出す方が健全だ。小出しにすれば深く悩むことがない」

ルーメンは静かに告げると視線を二階へと向けた。

「さて、ユリアンから事情を聞こう」



そしてヒストリアとルーメンは知る事となる。

フランドール家没落を目論むロイドとエリザベートによるヒストリア冤罪の断罪劇は、今やシルドバーニュの王家簒奪にまで発展していることに。

ロイドは聖者の力を使い、魔法使いを利用して王家を簒奪しようとしている。


しかしユリアンは妙なことを言った。


「――でも、エリザベート様は私の逃亡に手を貸してくれたの……」

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