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誓いの口付け

外はいつの間にか雨が降り始めていた。

闇夜を揺らすようにざあざあと雨音が響く中、ルーメンは静かに立ち上がり言った。


「君に見て欲しいものがある」

部屋を出ていったルーメンは幾許もしないうちにヒストリアの元へと戻り、その手には水晶のついた杖があった。

出会った時にルーメンが持っていたものだ。

成形の施されていない粗削りなままの水晶は、あの時青く輝いていた覚えがある。

朧げな記憶が蘇りヒストリアはハッとした。

気に留める余裕もなかったルーメンの杖は、改めてみると、ヒストリアにとって見覚えのあるものだった。

杖の先端に在る水晶は形状こそ異なるが、神殿や王宮内で見たものと酷似しているのだ。


「――それは、聖石(せいせき)……?」

ルーメンは短く頷いた。

ワルム山脈で採掘されるという特別な鉱石を浄化して作られる結晶――聖石。

聖石は聖力に反応し、その力に応じて大小様々に青い輝きをみせる。これは聖力判定の儀で使用される聖女の力を測る装置として使われているものだ。


「どうしてあなたがそれを持っているの?」

「ラキュウス辺境伯が普及させたと以前説明したが、彼には秘密の協力者がいた。それが俺の師匠である大聖女セシルだ。この水晶は彼女から譲り受けたものだ」

そして一泊置いてルーメンは言った。

「聖石の発見から彼らは一つの仮説を立てていた。“聖力に反応するなら、聖力を溜めることもできるのではないか”と」

「まさか、可能なの?」


ルーメンは静かに首を振った。


「だが実験の過程で、この聖石は魔法を溜めることが可能だと判明したんだ。そしてセシルは水晶に魔法を集めるようになった。君に施した治癒の魔法もその一つだ」

セシルは各地を旅して聖力を溜めることができる鉱石を探す傍ら、出会った魔法使いから少しだけ魔法を分けてもらっていたのだという。

ヒストリアは目を瞠ったあと、眉尻を下げルーメンを見上げる。

「そうだったのね……でもなぜ魔法を集めていたの?瘴気の門を閉じる手立てを探るため?」

「いや。セシルがエルバ国から逃げだした大聖女だったからだ。何にも属さない彼女には敵が多かったからな、魔法は護身のためだ」


滅んだ国の名にヒストリアはたじろいだ。

エルバ国の聖女は奴隷のような扱いだったことを思い出す。

「国を出奔したセシルはラキュウス辺境伯と出会い、二人は志しを共にするようになった。そしてついに、瘴石(しょうせき)に目をつけた」


瘴石は瘴気溜まり近郊などの瘴気の濃度が高い場所に生まれるという鉱物だ。

ヒストリアは自らの指を握りしめた。

同じ大聖女でありながら環境の異なる国で生きてきたセシル。国から逃げ出すほどの思いはどんなものだったのだろうと考えると、シルドバーニュに貴族として生まれたヒストリアは例えようのない座りの悪さを覚え生唾を飲み下した。


「つまりこの聖石には溜められない聖力を、瘴石なら溜められるというの?」

「あぁ。可能だ」

「なら瘴石を採掘すればいいのよね。国は協力してくれないの?こんなにも大事なことなんだから、国家事業になっていたっておかしくないでしょう?」

ヒストリアは違和感を覚えつつ不安気に訊ねる。

言葉にした通り、国家事業であるべき内容のはずなのだ。

しかし社交界にはそんな噂は入っていなかった。噂の早い貴族の世界に情報が回っていないということはつまり、握り潰されているということなのだ。


「ひとつ問題があったんだ。瘴石はそのまま使うことが出来ない。聖石を作るように、浄化して初めて聖力を溜めることが出来る。仮に浄化石とでも呼ぼう。浄化石を作る作業はすべて結界外で行わなければならない」

「……すべて?」

「そうだ。瘴石は結界の中に持ち込もうとすると石屑になる。純度の高い聖力で一気に浄化しなければならない。つまり大聖女を結界の外へ連れ出し、結界を張らずに浄化作業をさせることになるということだ」

「危険ね……」

ルーメンの言わんとすることを理解したヒストリアは深く瞬き考えた。


浄化石を作るためには瘴石を大聖女が一気に浄化する必要がある。そこに辿り着くまでの道を大聖女が結界を張り安全に行けたとしても、肝心の目的地――瘴石の採掘時には解除しなければならない。


そして、浄化石を造り上げるまでの間は完全に無防備になる。


他の聖女を同行させたとしても結界を張るためには比較的聖力の大きな上級聖女を何人も連れていく必要があり、上級聖女も貴重な人材だ。そして同行させたところで、魔物に襲われた場合の一時しのぎの拠点にしかならない。


それらを加味すると、わざわざ国の結界の維持を手薄にし危険を冒してまで大聖女を採掘任務に向かわせようとは考えないだろう。


「結界の外に貴重な大聖女を連れ出すなんて、そんなこと国が許さないわね……」

ヒストリアがルーメンを見つめると重く瞼が伏せられた。


「あぁ。実際、王宮に報告を上げる前の検証段階でセシルは死んだからな。……瘴石の採掘も、浄化石を作る作業も危険が伴う」

苦々しく告げられた言葉に、ぞくりと背を這う恐怖が過りヒストリアは一瞬顔を歪めた。


しかしルーメンの黄金色の瞳が光る。


「だが俺は確かにこの目で見た。浄化によって瘴石が変質していく様を。そして浄化石による結界の展開は瘴石に影響を及ぼさない」

ルーメンは杖を立て置くとヒストリアの顔をじっと見つめた。

「少量でいい。浄化石を手に入れられれば瘴石の採掘ルートが確保できる。そうすれば安全に瘴石を浄化できるようになる」


「最初が一番つらい作業になるってことね……」

呟いた言葉は無意識に重いものになっていた。


「――ヒストリア。無理強いはしない。だが、俺と共に結界の外に出て、瘴石を浄化して欲しい」

ヒストリアの目の前に手が差し出され、それを見つめたあと視線を上げた。

何を言われようと答えなど決まっていたが、しかし、知りたいと思った。

「先に聞かせて。あなたは何でここに居たの?私が追放されるのを知っていたから……?」


今日まで自分に寄り添ってきたルーメンの意図がようやく胸に落ちて、真っすぐに視線を交わす。

ヒストリアの問いに、ルーメンが表情を変えることなかった。


「そうだ。セシルを失ってもう十年立つが、あんなに意欲的だった大聖女を失うぐらいなら、他に手立てはないかと代用の鉱石を探し続けたものの見つからなかった。そんな時、ラキュウス辺境伯から聞いたんだ。大聖女のなり損ないが追放されると」


「なり損ないね……酷い言い方だけど、その通りだわ」

随分な言われように眉根が歪んだが、長い溜息をつき頷く。

噂に聞くところによるラキュウス辺境伯らしい、使い物にならないと判断しての発言だったのろう。


しかしその情報を拾ったルーメンはきっと、ヒストリアをなり損ないと思わなかったのだ。


「自分の意思で採掘に協力してくれる大聖女が必要なのよね」

「そうだ」

未知の可能性にヒストリアは口元に笑みを浮かべると差し出されていた手を握り返した。

そしてルーメンの手の冷たさを楽しみながら訊いた。


「守ってくれるの?」

「あぁ。必ず守る」


ルーメンが紡ぐ短い言葉にヒストリアは目を細め、それから思いついたように続ける。


「そう。だったらちゃんと誓って、騎士みたいに」


ヒストリアの発した言葉の意味を理解したのか、ルーメンは虚を突かれたような顔をしていた。

今まで無い、初めて見る表情だった。


「あら、照れちゃったのかしら?」

これまで揶揄する側だった立場に揺らぐものはないと過信でもしていたのではないだろうか。


「私より年上だとは思っていたけど女性を扱う経験は浅そうね。冗談だから安心なさい、あなたみたいな情緒のない人にはできやしな、っ……」


ヒストリアはついにしてやったと胸が高鳴り得意げに続けたが、しかし唐突に手を握り直され目を瞠る。

ルーメンが目の前で片膝をつき、ヒストリアの白い手の甲に薄い唇が振れたのだ。


「――ヒストリア、君を必ず守ると誓う」


伏し目がちに告げられた宣誓は、顔を上げたルーメンの鋭い瞳によって真摯な言葉として裏付けられて心臓を激しく揺さぶった。

言い出したのはヒストリアだったが、まともに取り合われるとは予想がつかず身体が熱くなり、しかし不可思議にも一方でこれ以上にない安堵を齎す。


「君には期待している」

「……えぇ。私だって……きっと作ってみせるわ。だから、浄化石を一緒に手に入れましょう」


ヒストリアは決意し、静かに頷いた。

そして、降り続く雨が二人の今夜の誓いを攫ってしまわないようにと、ヒストリアは密かに願った。

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