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ここにいる証明

「……落ち着け、ヒストリア」


肯定の言葉を乞うように強く握り締めていると、冷静な声が頭上で響きルーメンの手がぴくりと動いた。

そしてその手はヒストリアの細い指を握り返す。

「……王都で何があった?」

いずれ話すと言ったまま未だ語ることのなかった自身の顛末を、ヒストリアはぽつぽつと吐き出してゆく。


事前連絡もなく夜明け前に叩き起こされ、王妃殺害未遂の疑惑をかけられて王宮へと連行されたこと。

ヒストリアの筆跡と寸分違わぬ手紙が毒の入手先とのやり取りの証拠として上がっていたこと。

毒物の運び屋の男が捕縛されており、ヒストリアとの面識を証言したこと。

それから、後になって繋がったフランドール邸での異変について。


父が道楽や女に入れ込み邸に戻らないことは度々あったが、一年ほど前から愛人となったウィラー夫人と共に別邸に引きこもり姿を見せなくなり、領地運営や人事の采配全てを義兄ロイドに任せ、後継人としての責務を放棄していたこと。


そしてヒストリニアに余計な情報を与えたメイドのアン。


「嵌められたのよ……多分、姉と義兄だわ」

「心当たりがあるんだな」

「……姉には嫌われていたし、義兄は今まで優しかったけれど、断罪の日に笑ってた……」

ヒストリアは断罪された日に見たロイドを思い出し、悪意がはっきりと込められた顔を脳裏に浮かべ忌々しげに眉根を寄せた。

「痛かったわ……聖印を焼かれて、無実を訴えたのに……おかしいでしょ、裁判すらなかったのよ……」

「………君の主張を誰も信じなかったと?」


そうだ。誰にも信じてもらえなかったのだ。胸の奥が引き裂かれるような思いでヒストリアは深く頷いた。涙が頬を伝い、瞼を深く瞼を閉じたあと、自嘲気味に吐息を零した。

「そういう風にしか見られない態度ばかりだったから、罰が当たったんだわ。違うって言っても証拠も捏造されていたし、私のせいだって決めつけられても仕方ないのよね……」

ヒストリアはもうずっと前から自覚していた。王都では嫌われ者だったと。

フランドールの邸の使用人達から扱い辛い令嬢と思われ、社交界でも遠巻きにされていた。大聖女と王太子の婚約者という立場故にあからさまなものはなかったが、ヒストリアの感情を逆撫でする事が起きて癇癪を起こすたびにエリザベートの株が上がっていた。


神殿すらヒストリアを持て余していた。

その状況を貴族達は固唾をのんで国がどう判断を下すか様子を窺っていたはずだ。

そして国は、ついに聖印があるだけの使い物にならない大聖女が過ちを犯したことで、お払い箱にする大義名分が出来た。

きっと姉達の思惑と国の事情が一致したのだ。


「……わたしは要らない大聖女だったから、皆に見捨てられた……」


被害妄想と思おうとした考えは、エリザベートが大聖女代理の地位を得たことで確信に変わり、予想以上に心を痛めつけてくる。

しかし、ヒストリアの決壊した感情をルーメンは遮った。


「それは違う。君を助けようとした人物がいたはずだ」

慰めでもなく、共感でもなく、荒唐無稽な言葉だった。

ヒストリアを助けようとした人間など王宮には居なかった。しかし淀みなくルーメンは否定した。

「どうしてそんなこと言えるの…?」

鼻を啜り視線を上げると真っすぐに注がれる視線とかち合った。

「君をあの家に運んだ日、部屋を見た。散乱していた木箱は比較的新しいものだった。なにか運び込まれていたんじゃないか。あれは……?」

「水や食料よ……王子の慈悲ですって……」

ヒストリアは口角を上げた。

それが一体何だというのか。



しかしルーメンは冷静にヒストリアに言い聞かせるように告げる。

「罪人にそんな施しはあり得ない。生き延びるために用意されたものと考えていい」

「……あの人が、私を?――」

言葉が続かなかった。

「有罪を鵜呑みにして存在を消すというのなら、その場で抹殺する方が都合がいい。わざわざ聖印まで消して秘密裏に追放したのは見殺しにしなかった証拠だ。元婚約者だろう?」

「あの人は私から視線を逸らしていたわ……」

「だが君のことを誰よりも知っていたはずだ。そうでなければヒストリア……君は王城で秘密裏に処刑されていただろう」

「っ…………でも、そんなのあなたの思い込みでしょ……」


「確証はない。だが可能性は高い。ここは王弟ラキュウス辺境伯の統治下だ。瘴気にしか興味を示さない、君に全く関心のない者の土地に追放された意味は?」

そんなはずはないと、否定したいのに。

けれど、これまでルーメンから与えられてきた“優しさ”が、その考えを静かに揺らす。


ルーメンはヒストリアを見放さない。分かり難くて、しかしルーメンの言う事はいつだって正しかった。


「慰めはやめて……」

頭を振ったが、ルーメンは止めなかった。

「筋の通った可能性の話だ。君を信じようとした者がいた。そして、今は俺もいる。君には生きて貢献してもらいたい」

黄金色の瞳がヒストリアを捉えて離さず、そして頬を伝う涙を拭われる。


「聖力のコントロールが出来ないのに……?」

顔を歪め吐くように呟く。

胸中で渦巻く不安は無意識に言葉に変わっていた。


「貢献できるか分からないじゃない……最初に使い物にならないって私に言ったくせに、優しくしちゃって……もしこのままでもルーメンは私を傍に置いてくれるの?」

「ヒストリア……このままなんてことは有り得ない」

「そうじゃなくて!……っ、ちゃんと教えて。あなたの助手で居させてくれるの?……」

「君が望めば、だ」


短い答えは、ヒストリアを冷静にさせるような静かな温度を保っていた。


「君には価値がある。そう俺は言ったはずだ。君が毎晩努力しているように諦めないのなら、望み続けるのなら」

続けて渡される言葉は不思議にも激しく揺れていた感情をいともたやすく平たくさせてゆく。

「努力……あなたらしいわね」


ルーメンは手放しにヒストリアを受け入れたりはしないのだ。

砂糖菓子のように甘やかされることはないが、ふとした瞬間に気付かされる甘さ。

自分自身で起き上がれるまで傍で見守り、待ち続けてくれることの凄さを、もう理解できないヒストリアではなかった。


「人間関係なんて大なり小なり打算や見返りが混ざっているのが普通だ。それは悪いことか?」

ヒストリアは握りしめていたルーメンの片手を解き、口元を両手で庇うと長い息を吐きだした。

「いいえ。でも、ちっとも乙女心が分かってないわ……」

「そうかもしれないな。だが、根拠のない約束をするつもりはない」


ルーメンらしい、けれど信頼の出来る言葉だった。

「努力する人間には希望がある。今の君がそうだ」


ヒストリアは頷き、思い返した。

かつてベルナルド王子に努力の有無を問われたことがあった。あの時、ヒストリアは努力していると喚いていたが、この辺境にきて言葉の意味を理解できたような気がする。


「俺が君を助けた理由は、君にとっては勝手なものだっただろう。しかし今の君はここに馴染もうと努力している。他人が君をどう扱おうが俺の大切な助手だ……手放す理由がない」

「……っ」

ヒストリアは言葉を失った。

胸の奥がじんわりと温まってくるのが分かる。


「断言する。俺の研究が成功した時、君は世界を救う大聖女になる。印がなくとも、存在を消されようとも証明するんだヒストリア。ここにいる君が大聖女だと」


少し前まで激しく揺れていた意思は迷いを消した

「できるかしら……」

呟く言葉とは裏腹にもう不安もなかった。


「君は幸せになると言ったばかりだろう。見返すんじゃなかったのか?自分の価値は自分で決めろ。その上で俺を選べ」


生唾を飲み、小さく頷く。

ヒストリアは奥底に眠っていた望みを見つけたのだ。

「そう、よね……」


生きて幸せになるその先にあるもの。

ヒストリアは呼吸を整え視線を交わし宣言する。


「私……証明したい。生きて、大聖女だってーーあなたと証明してみせるわ!」

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