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ヒストリアの食事会

気付くと仔猫はいつの間にか姿を消していた。

ヒストリアの傍を片時も離れなかった仔猫だが、子供の甲高い声が近づくにつれそわそわとし始め、どこかへ行ってしまったのだ。

ベリルと共に現れた双子は嬉々として家の中を見渡すと「「おっきいおうち!」」と感嘆の声をあげ、口々にあれは何か、部屋はいくつあるかなど興奮気味に尋ねてきた。

それを柄の悪い口調でベリルが嗜める。

「おい、先に挨拶しろつったろ。約束はどうした?あぁ?」

どうやら子供相手にも変わらず威圧的な物言いが通常なのだろう。双子の方もさして怯む様子がなく、鬱陶しそうに不貞腐れた面持ちを露骨に出すあたり、ベリルに負けず劣らずの気の強さが伺えた。


「……ロマです。おまねきありがとうございます」

「ティアです。たのしみにしてました」

用意していたのであろう台詞と共にお辞儀をする小さな頭を見たヒストリアは、自ら膝を折ってしゃがみ二人に微笑む。

「来てくれてありがとう。私はセシルよ。今日はルーメンのお家を借りて食事会を開いたの。だからもし知りたいことがあったら、きっと彼がなんでも答えてくれるわ」

促すようにルーメンに向かって指を揃えて指し示す。すると双子は二度ほど頷いてからウズウズとした様子でルーメンに期待の眼差しを向けていた。

それからヒストリアは立ち上がるとベリルに言った。

「ベリルも、来てくれてありがとう」

「せっかくのお招きだからな。ほらよ、手土産だ。南部地方から運ばれたもんだ」

徐にワインを一本差し出され、ヒストリアは落ち着いた口調で口元を綻ばせた。

「こんな上等なもの……お礼を言うわ。さっそく開けましょう」

「美味いもん食わせてくれるんだろ?」

「えぇ。私の料理を食べたらもっとワインを貢ぎたくなるかもしれないわよ。覚悟なさい」

「ほぉ。そりゃぁ随分と自信満々だな……強気は悪くねぇが、料理を覚えたてのあんたが俺を満足させられるのか、さっそく審査しようじゃねぇか」

好戦的な視線が交わる。ベリルの挑発的な物言いを打ち砕く算段がついていたヒストリアは密かにほくそ笑みながら三人を食卓のある部屋へと案内し、得意げに言い放った。


「さぁ、どう?この美しい仕上がりは!」

照りが輝くローストチキンや蜂蜜色のスープなどの料理を並べたテーブルの中央には森で見つけた百合の花を瓶に飾っている。プディングには鮮度の良い野イチゴも乗せてある。

双子は駆け寄り、小刻みにその場を何度も飛び跳ねた。

「すっごい!すごいすごい!ご馳走だよベリル!」

「えっ、なにこれ!?太陽みたい!」

「プディングもある!僕これから食べたいっ」

「またベリルが怒るよ?おこりんぼだもん!私はね、太陽のスープから飲む!」

「じゃあお肉にしようっと!ねっ、セシル姉ちゃん、はやくたべよー」

「わたしお姉ちゃんの隣がいい!あ、見て!おはな可愛いね!」

予想以上の思わぬ歓声にヒストリアは内心たじろぎルーメンを見遣る。

すると存在を消していたかのように静かに佇んでいたルーメンの口許がはっきりと弧を描いていた。

双子達といえは、どこに座るか揉めに揉め始め、そして何から食べるかいい匂いがするだとか、とにかく忙しなく思ったことを口にする。あまりに喋り続けるのでベリルは興奮状態の双子をどこか呆れた様子で眺めたあとヒストリアに言った。

「こいつらが喜ぶもん用意してくれたんだな」

「……あなたも間違いなく満足するわ。味も一級品よ」

最初の掴みに確かな手応えを感じたヒストリアは安堵し強気に返すと、ベリルにしては珍しく裏のない明朗な笑みを一つ零した。


このあと、玄関口と同じくベリルが双子を一括したのは言うまでもなく、公平性と称して二人の席を強引に決められた結果、ヒストリアは双子の間に挟まれ食事をすることとなった。

結果的にティアはルーメンと対面するかたちとなり満足気で、一方のロアは目の前にベリルが居るので着座して直ぐは文句を垂れていたが、隣のヒストリアに意識が向き和やかに食事が進む。

良質なものと分かる芳醇な香りを放つワインはヒストリアの用意した品々とよく合った。甘く柔らかなローストチキンは皆に好評で、スープに入った人参を喜んで食べ進める双子をベリルが物珍し気に揶揄う一幕もあった。

「ねぇねぇ!セシル姉ちゃんって、聖女ぶん殴ったんだよね!?」

「えっ!?えぇ……」

すっかり上機嫌になったロマに唐突に尋ねられフォークの狙いが若干ずれてしまったヒストリアは咄嗟に肯定してしまっていた。

「すっげぇ!!」

「かっこいい!」

羨望の眼差しを向けられるとばつが悪いが仕方ない。

ベリルが端折って双子に説明していることが原因なのだから。

ヒストリアの嘘の筋書きとして流れている噂はこうだ。男爵家のご落胤で実子と違わず大切に育てられてきたのに、聖女に憧れるも聖力がなかったが故に聖女に嫉妬し害そうとした罪でディート地区へ追放されたというもの。

聖女を害したという部分は同じだが、理由を省いてベリルが双子に対し殴ったとだけ説明しているせいでおかしな形で尊敬されている。

そもそも正確にはディート地区に流れている噂事態が事実無根であるうえに、ヒストリアこそが聖女で、冤罪でこの場所に居るわけなのだが。さすがにこの場にいるベリル達に何が本当か説明するような野暮ではない。

ロマの方へちらりと目を向けた後、ヒストリアは溜息を零した。

「かっこよくないわ。罰を受けてるのよ?あなた達は平和に生きなさいね、波風ないのが一番だから」

「なみかぜって?」

ティアがヒストリアに腕を絡め教えてとせがんでくる。以前のヒストリアなら振り払っていただろう小さな腕が、今では可愛らしく思えるのは不思議な感覚だ。

「そりゃつまり、俺の言うことは守れって話だ」

ベリルがすかさず目を眇め双子に向かって言った。

すると隣の二人からは反発の声が上がる。

「えー!?ベリルはいっつも、あーだこーだあーだこーだって、うるさいから嫌!」

「ぼくはぜったいおっきくなったら聖女やっつけるもんね」

「だから悪いのは聖女じゃねぇつってんだろうが!」

ベリルの言っていた聖女が嫌いというのはどうやら本当らしい。

ロマもティアも「聖女がわるものだもーん!」と言って張り合ってきかない。

「ねぇ、どうして聖女が嫌いなの?聖女がいないと安全に暮らせないでしょう?」

ムキになる双子の肩を両手に抱き訊ねると、茶色の大きな瞳が不思議そうにヒストリアへと注がれた。


「え?だって私達のお姉ちゃんが聖女になっちゃったから、家族がめちゃくちゃになったんだもん」

それは耳を疑うような言葉だった。

シルドバーニュにおいて、聖女を輩出した家は幸せになるのではなかったのだろうか。大聖女でなくとも、潤沢な礼金が支給され、聖女となった子女は神殿で大切に保護されて、皆が幸せ。だからシルドバーニュの聖女は恵まれている。

神殿でも、ルーメンから渡された本でもそう学んだはずだ。

「お姉ちゃんのせいだもんねー。パパはおんなの人のとこ行ってばっかりで、ばあちゃんはママを苛めるし、ママはずっと泣いたり怒ったり」

「成長してから実は聖力があったって分かる奴がたまに居るが、こいつらの姉ちゃんがまさにそれだ。親の方は突然大金を渡されて感覚が狂ったんだろ」

付け足すようにベリルが言った。悪いのは聖女ではないと言うのは、そういうことだったのかとヒストリアはなんとなく理解して双子を見遣る。

この二人は家族を変えた出来事に対し嫌悪を抱いているのだ。

「じょーきゅー聖女だったんだって!」

「上級聖女なら重宝されるわね。お姉さんには会ってないの?」

「うん。会いたくないんだって。聖女って分かったから、僕らのことどうでも良くなったんだよ」

「そう……」

問題があったのは親の方なのかもしれないとヒストリアは考えていたが、姉も姉で家族を見限っていたのだろうか。少なくともヒストリアの知っているかぎり、王都の貴族出身の聖女らは籍を神殿に置いたとしても好きな時に外出していた。

面会の拒否が本人の意思によるものとすれば、双子が姉を恨むのも無理はないだろう。


「聖女って安全なとこでお祈りしてるだけで羨ましいよねー」

「ね。お金の心配しなくていいもんね。捨てられても聖女ならおうちあるもんね!」

「お姉ちゃんがいなかったら、パパもママもばあちゃんも皆んな仲良くできたのに」

「だよねー!」

他人事であるはずなのに、双子の言葉はヒストリアに胸に棘を落とす。

まさかエリザベートも同じだったのだろうか。彼女も聖女ではあったが、ヒストリアが大聖女だと分かってから思う所があったのだろうか。ヒストリアは姉の顔を浮かべたが答えは出なかった。

「……そうだわ!ルーメンは本をたくさん持ってるのよ。絵本もあるの。あなたたち、物語は好き?」

「えほんってなに?」

「そうね……絵とお話が一緒に聞けるものよ。取ってくるから待ってちょうだい」

ヒストリアは立ち上がり、子供向けの挿絵の入った本を取りに行き、そのあと場所を変えて暖炉の傍の長椅子で双子に読み聞かせてやった。

一冊読んでみせると酷く気に入って何冊もせがむので、もう一冊だけと増やしているうちにいつの間にか時間が経ち、その間ベリルはルーメンとなにか話し込んでいた。


「すっかり邪魔しちまったな」

「大丈夫?遅くなっちゃったわね」

「いつもは起きてんだがな。ま、少し重いが問題ねぇよ。ティアがへばったら二人担いで帰るぜ」

双子は何冊目かの絵本を読んでいるうちにロマは寝てしまっていた。ティアはかろうじて起きていたがベリルと手を繋ぎ、目を擦っている。

明るい星空の下を歩くベリル達の背を見送り、ヒストリアは部屋の中を見渡した。

ベリルたちが帰ったあとのルーメンの家は、随分と静かな気配が漂っていた。

仔猫もようやく姿を現し、いつも通りヒストリアの足に身体を摺り寄せる。

「あなたは子供が苦手なのね」

抱き上げて言えば仔猫は「にゃぁん」と肯定するかの如く甘い声で鳴いた。腕の中へと視線を落とし、じっと隠れていたであろう小さなか身体を労うように撫でる。

「ヒストリア。今日は大成功だったんじゃないか」

不意に声をかけられ顔を上げる。

ルーメンの柔らかな低い声音が心地よくヒストリアは満面の笑みを綻ばせた。


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