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勇者と呼ばれた大聖女

この日、ヒストリアはルーメンと共にディート地区唯一の村へと訪れていた。

これまでも薬草の納品に連れ立って出かけることはあったが、今日の目的はそれではない。

尋ねた先は、村の外れにあるとんがり屋根の一軒家。この家の家主はベリルである。


いつもはルーメンがヒストリアの前に立つが、しかし今日は違う。

扉を前にしていたヒストリアは、後ろに控えるルーメンを一瞥したあと、咳払いをして扉を叩いた。

すると突然、ドスンと何か重いものが落ちたような音が響く。思わず後ずさった刹那、跳ねるようにして扉が開いた。

中から飛び出すように一人の子供が顔を覗かせる。


「きゃっ……!」

肩口に乗っていた子猫と同時にヒストリアの身体がビクリと身体が跳ねた。子猫の方は尻を高く持ち上げ警戒心を剥き出しにして喉奥を低く鳴らした。

「すごい!ほんものの勇者だっ!きれい……」

その身体を押しのけるようにして同じ顔をした子供がもう一人現れ、ヒストリアを見て感嘆の声を上げた。

「ほんとだ!銀いろの勇者さまっ!あっ、ねこちゃんもいるよ!」

茶色のくるくるとした巻き毛の男の子と、癖毛を雑にひとまとめにした女の子。

まんまるとした大きな焦茶の瞳が輝いていて、可愛らしい顔が二つあった。

背はヒストリアの胸元ほどしかなく、先ほどの騒々しい音が幼い彼らのものだったことを瞬時に理解した。

だがどうしてこの家に子供がいるのか。

これまで見かけたことのなかった姿に驚きを隠せない。


「おい、てめぇら!なんで居る!?」


ヒストリアが目を白黒させているうちにベリルが直ぐに現れ双子の肩を掴むが、彼らは一瞬にして頭を低く下げ両腕からすり抜けるようにして器用に捕獲の手から抜け出す。そして部屋の中に見えた梯子を登って逃げてしまった。

その姿はまるで機敏なリスだった。去り際の一瞬、ヒストリアに向かって二人は同時にいたずらな笑みを浮かべ、なぜだかそれが好意的なものだとはっきりと伝わる。

ますます困惑の色を深めることとなったが後ろに佇むルーメンは何も言わない。

仔猫といえば、いつのまにか警戒を解いており、大人しくヒストリアの銀髪に尻尾を絡ませながら肩で休み始めていた。

「ばぁさんとこ行ったんじゃねぇのかよ……」

ベリルは嵐のように去っていった双子に視線を流し呟くとヒストリア達に向き直った。

「ガキ共が驚かせたな」

「構わないわ……それよりあの子たちは?兄弟がいたの?」

底知れぬ威圧感を醸し粗暴な男達を従えるベリルだが、老齢の人間が多い村で世話役的な立場を担う面倒見の良い一面があることは薄々気付いていた。

しかし、あの幼い子供とベリルがどういった関係であるのか、似ても似つかない顔立ちにまさか血縁者だとは思えずヒストリアは見上げる。

「あいつらは親が居ねぇから世話してるだけだ。まぁよくある話だろ」

なんてことのないような口調で返ってきた言葉に、よくある話なのかとヒストリアは耳を疑った。自分もルーメンに拾われた身であるが、平民の世界では親が居なかったりすることは普通なのだろうか。

「……あの子たち、私を勇者?って言ってたけど……なぜ?」

「あぁ?あー……あいつらは聖女が嫌いなんだよ。で、あんたは聖女をぶん殴ってここに追放されたと思ってる。自分たちに出来ねぇことをやった奴を勇者と思うのは当然だろ」

「なっ、殴った!?どういう説明したのよっ……」

「相手はガキだぜ。殴ったってのが一番分かりやすいだろうが。で?今日は納品の日じゃないはずだが、どうした?いつもアイツの後ろにくっついてるあんたが」

ベリルは軽く顎を上げてヒストリア越しにルーメンへと視線を流した。

指摘の通り、ルーメンと共に村に来るときは決まって後ろへ控えており普段と立ち位置が逆だ。準備していた言葉に迷いが生じ一瞬の淀みが出来たが、しかし緊張を飲み込んでヒストリアは一気に言った。

「っ……あんたを食事に招こうと思って予定を聞きにきたのよ!光栄に思いなさい」


「へぇ……本気だったか」

拍子抜けするような返事だった。

ヒストリアは意を決してベリルの元へ来たというのに、一世一代の正式な平民との交流にベリルという相手を選んだのは成り行きだったにしても間違いだったのかもしれない。

ヒストリアは羞恥で身体が熱くなっていた。

「冗談だったの!?」わなわなと肩を震わせる。

「忘れてちょうだい、別に食べて欲しいわけじゃないのよ、あんたが言うから仕方なく招待しようとしただけで、……」

茶会の招待に断りの返事を山のように貰った時よりも対面で告げられた言葉は大きな衝撃だった。顔を真っ赤にして口早に思いつくまま言葉を並べ始めたが、しかしすかさずベリルが遮る。

「行かねぇとは言ってねぇだろ。良い心がけだぜ、セシルちゃん」

「はぁっ?」

「ガキ共も連れて行って構わないか?俺だけご馳走にありつくと煩ぇからな、明日の日暮れ前はどうだ?」

「そ、……それは、別に構わないけれど……」

「なら決まりだな。どっちに行けばいい?」

「えぇと、ルーメンの家に来てちょうだい」

「分かった。楽しみにしてるぜ」

こうしてヒストリアは個人として初めての交流ともいえるベリルの招待が無事に完了したのだが、今日が人生で一番、挙動不審な日だったかもしれない。

ルーメンは終始一貫してヒストリアに対応を任せており、助け船もなくベリルと交わした短い会話にはどっと疲れを感じた。


主導権は完全にベリルのもので、貴族の予定調整のように時間を優雅に使って書面で交わすのとはわけが違った。目の前での即断即決。そして直接耳に届く言葉であるからこそのシンプルな応酬。

言い忘れたことがなかったか、気の利いたことを言えばよかったなど、ルーメンとの帰り道に様々な思考を巡らせたヒストリアだったが、難しい顔をする姿に気付いたルーメンが静かに告げた。

「良かったじゃないか。また一つ経験が増えた」

令嬢であったはずの自分の余裕のなさを反省し、忙しなくベリルとの短い会話を何度も回想していたヒストリアだったが、ルーメンの言葉には素直に一度頷くことが出来た。


――――翌日。約束の時間に向けてヒストリアは緊張感の漂う面持ちで包丁を握っていた。

その足元を仔猫がうろうろと手持ち無沙汰に行き来している。

「いつも通り作ればいい、と言いたいところだが……もてなす側としては色々と考えるだろうな」

今回はヒストリアが手料理を振る舞うということで一切ルーメンの手助けなしで準備を進めると決めていたが、作業をなかなか始められず考え事をしていると声をかけられた。

相変わらず、何もかも見透かされているような言葉だった。


「香草と塩で味付けしたソテーを考えていたけど……小さな子がいるから、食べづらいかと思って……」

「デザートを付ければいい。前に一緒に作っただろう」

「プディング?そうね……あれはいいわね。でもやっぱりメインも食べやすい方が……」

一瞬だけ見た双子の無垢な笑み。それが記憶に残ったせいで、元々決めていた品を作るか迷いが生じ、ルーメンから教わった料理を脳裏に思い浮かべては、幼児が口にしても問題のない品であるかを選別してしまう。


あれは”勇者ヒストリア”に向けられた笑顔で、実際のヒストリアは聖女。そして追放された理由なども双子に語られたものとは異なるが、しかし無垢な好意を今はそのままにしておきたい。そう考えてしまうのだ。

きっとそれは、今まで頑なだった自己防衛のための虚勢や威嚇が完全に砕かれ、ルーメンに手を差し伸べられたからだろう。


「決めたわ」


考えがまとまり、ヒストリアははっきりと告げた。

そして約束の時間に向けて黙々と作業に没頭する。気付けば柔らかな夕日が窓から差し込んでいた。

出来上がったのは、蜂蜜と赤ワイン漬けにした甘めの柔らかなローストチキン。

そして、塩漬けの豚を角切りにして茸や野菜と一緒に水からじっくり煮込んだ濃厚スープ。このスープは玉ねぎの皮の煮出し汁を混ぜたことで飴色に輝いていた。

そしてこれらに村で購入した黒パンを添え、デザートにはお手製の蜂蜜を使ったプディングを用意した。


『分量と切り方と手順、この三つを押さえれば、誰でも料理はできる』


ルーメンのお決まりの台詞で、料理を学ぶときに呪文のように何度も教えられたのでヒストリアにもしっかり身に付き、おかげで完成度の高い料理が仕上がったであろうと、そう自負できる。

素材の構造を理解すれば応用はいくらでも可能だとも言われていたが、ひとまずは覚えた料理を覚えた味に仕上げられるようになったことを褒め称えてもらわねばならない。

「食欲をそそる仕上がりだ。スープは子供に配慮したんだな」

テーブルに並んだ料理を見てルーメンが言った。

二人で食べた時よりも、野菜も豚肉も今日の来客のためにいつもより小さく切り揃えたのだ。

それを直ぐに気付くのがルーメンらしい。


ヒストリアは侯爵家で出された料理に対し、いかに自分たちに合わせて作られていたのか、そして見た目でも楽しませるため、盛り付けや飾りがいかに工夫されてあったか思い返した。

「作る時って、相手のことをいろいろ考えるのね……」

「そうだな。何を作るかを選べるという作り手の特権もあるが、そのぶん考えることは多い。作り手も食べる側も、食事というのは良くも悪くも人柄を表す」

その言葉に、当然と食べていた品数の多い朝食や、その時の気分の問題で口に合わないと下げさせた料理が断片的に浮かんだ。そして最後に、ルーメンから施された最初の食事の光景が蘇った。

「初めてあなたに作ってもらった時、私って失礼な態度だったわよね……」

俯き気味に呟くように言うと、ルーメンの黄金色の目が柔らかく細められた。

そして大きな大人の手がそっとヒストリアの頭へと伸びる。

触れられた瞬間、嫌悪はなく、寧ろむず痒い気持ちが心臓を揺さぶった。

視線はルーメンへと釘付けになって、幾許か見つめていれば喉の奥がじんわりと熱くなり咄嗟に食卓へと視線を戻してしまう。


「……君の殊勝な態度は心臓に悪い」


しっとりと落ち着いた声音が耳孔に響いた。


同時に、いつの間にかヒストリアによじ登っていた仔猫が飛び出し、ルーメンに向かって跳ねたが無論それに動じるわけがない。仔猫はルーメンに容易く捉えられ、攻撃どころか腕に抱えられる始末である。

「……俺の小さな楽しみの一つに、お前も加わるか?」

ルーメンは振り解かんとする子猫を解放することなく撫でながら揶揄うように告げる。

その瞬間、ヒストリアは陶然とした心地から覚め誹るような視線を流した。

「あなた……いつも澄ました顔してるけど、私のこと揶揄うの好きよね……」

「さぁ、どうだろうな。それよりお客様だ」

疑義を唱えた言葉は外の賑やかな気配都合よく濁されてゆく。

深く追求するほどのことではないが、そわそわとした感情がヒストリアの身に浸透し、一人だけ感情を揺さぶられる不公平感に溜息が零れざるを得なかった。


大したことのない短い会話に一喜一憂するが、けして疲れるわけではない。

もしかすると、これこそが幸せなのだろうか。

ヒストリアは仔猫を解放したルーメンと共に、ベリル達を出迎えるため扉へと向かった。

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