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距離が近づく日

最短で二週間、天気が崩れれば三週間。

ルーメンとベリルが導き出した工数は概ね読み通りであった。

始めの一週間は晴れ間が続き、二週目に入ったころから雲行きが怪しくなって分厚いどんよりとした雲が数日に渡って雨を降らせた。その影響で中断せざるを得ない日が続いたが、雇い人らの作業は手早く、施工開始から三週間内で完成するという。


その間、ルーメンはヒストリアの元で過ごすことが増えた。

基本的にルーメンは食事作りの時間に訪れて、食後にヒストリアの様子や家事に不便がないかを確認するのだが、雨で作業が止まった日にヒストリアから申し出たのだ。時間があるなら書物について教えて欲しいと。ヒストリアの知らないところでルーメンが何をしているか分からないが、もう少し自分に時間が割けるのなら教えを乞いたいと思うようになっていた。

その原動力はおそらくルーメンの距離感だろう。つかず離れず、見放されない安心感が日々蓄積されてゆく。出会った時、「死にたければ結界内で」などと突き放すような言葉を言われたが、しかしヒストリアを気にかけてくれるのが行動の端々で伝わってくる。

ルーメンはヒストリアに価値があると断言してくれた。そして押し付けがなくヒストリアの身になることを理由をもって教えてくれたのだ。

単純な思考回路だが、自分にこんな兄が居たらなどと、いつの間にか思うようになっていた。端的に言えば懐くのにそう時間はかからなかったのだ。もっとも、ルーメンを見ると胸が落ち着かない理由はそれだけではないのだが。


元来、ヒストリアは明るく負けず嫌いだ。そして何より人と過ごすことを好む。それが孤立し、プライドばかり高く、誰もかれもが姉にかどわかされているのではないかと人を疑うことばかり増えて、心を許せなる相手が居なかった。だが今は違う。

「ねぇ、ここだけど……瘴気溜まりの発生は死体が関係しているとあるわ。このディート地区の国境付近の谷底は瘴気溜まりでしょう?つまり、沢山死体があると考えていいの?」

「あぁ。書物から現代の窮状に目が向くとは成長したな」

雨音が響く部屋で、木箱に腰を掛けるルーメンは深く頷いた。テーブルを挟んで向かいあうヒストリアは気付きを褒めてくれたことに気を良くして身を乗り出す。

「そうでしょう。私は視野が広いのよ」

「自分で言うのか?ならば視野が広い君に問題だ。なぜ死体は谷底にある?」

ヒストリアは考えを巡らせた。落ちて死んだのだろうが、その理由はなにか。なぜ大勢の人間が谷底へ落ちたのだろう。天災、または人為的なものか……だとすれば。一つの答えに辿り着く前に、ルーメンは聖書の終わりのページを開く。

「ヒントは、地図に隠れている」

聖書の最後には地図が載っている。その地図は瘴気が蔓延し始めた当時の地図で、今は滅亡した国も載っていた。

ルキリュ領のディート地区に隣接する国は小国であるエルバ国。ヒストリアにとっては瘴気によるものという認識止まりだ。エルバが隣接するのはシルドバーニュのルキリュ領の一部と、広大な砂漠地帯。それを見てもヒストリアの中で生まれた答えは変わらなかった。

「戦争かしら……」

「惜しい。大聖女を持つシルドバーニュを敵に回す事はあり得ない。国力に差がありすぎる」

「小さいからってこと?」

「いや、大聖女を排出する安定国家だからだ。大国といえど隣接する国が多ければ防衛拠点も増える。他国から同時に攻められる可能性も鑑みれば国力は一概に領土で決まるものじゃない。重要なのは大聖女だ」

「そう言われてみれば確かに……」

地図を見れば納得する。小国のエルバの何倍もの土地をシルドバーニュは持っているがそのぶん隣接する国が多い。領土が大きければ軍事力があるという図式でないことを納得し、戦争でないなら一体何かと、ルーメンの言葉を待った。

「起きたのは内紛だ。滅亡したエルバ国は、反体制派と激突したんだ。そして滅亡した」

「でもどうして谷底に瘴気溜まりが発生することになるのよ。なんでヒントが地図だったの?」

ますますヒストリアの中で疑問が生まれる。

「死なば諸共、という考えが招いた結果だ。エルバには奴隷制があり、シルドバーニュよりも階級に厳しい国だった。もともと格差社会から生まれる貧困問題を抱え国は揺れていたんだ。そんな時に瘴気問題が加わったのだから、内乱の予感は十分だっただろう……エルバで聖女は奴隷のような扱いだ。見つかれば強制徴収され、死ぬまで働かされる。シルドバーニュのような大聖女はおらず、貴重な聖女の捕獲に血眼になっていた」

「そんな……」

あまりの扱いの違いにヒストリアは言葉を失った。国が違えば聖女は搾取の対象だというのか。

「反体制派は奴隷や貧民層を先導し勢いがあったが、しかし国が金で雇った魔法使いには敵わなかった。そして窮地に立たされた反体制派の中心人物達は国を逃げシルドバーニュを目指すことにした」

「砂漠しかないから、シルドバーニュを目指したのね……」

「あぁ。砂漠は広大だからな。その計画を知った奴隷達は絶望し国の滅亡を望んだ。当然その国の聖女もだ……まるで呪いだが、誰もエルバから逃がさないよう、自分達の命を捧げ魔物化し、彼らは死を以てエルバを壊滅した。そういった歴史がある」

以前、ルーメンは聖力の力が大きいものが瘴気溜まりで死ぬと厄介だと言っていた。聖女達が国を恨み魔物化したというなら、その国の結末は必然なのかもしれない。

「そんな……辛いことが……」

呟く声は掠れていた。平穏なシルドバーニュとは無縁の出来事に衝撃を受けていたのだ。

「ーーまぁ、そういった国は珍しくない。むしろシルドバーニュこそ奇跡だ。ここは他国が羨む国、この国に生きる聖女は他と比べればまだいい」

はじめて世界に目を向け、ヒストリアはこの国で産まれたことが如何に幸せか理解した。だからと言って自分の身に起きた出来事が許せるわけではないのだが。

ふと、ルーメンの言葉を思い返し疑問が生まれる。

「ねぇ、魔法使いが国に味方したって、そういうことあるの?エルバは魔法使いに寛容だったのかしら?」

「いや、魔法使いは忌むべき存在というのが共通認識だ。しかしエルバも相当追い込まれていたんだろう。金を払って利用した。だが結局、翻弄した挙句に魔法使いには早々に手を引かれたようだ。いろいろ居るからな」


ヒストリアにとっての魔法使いはルーメンただ一人だ。それ以外の魔法使いを知らないが故に、己の中で魔法使いという概念がルーメンのような人物を描いていたことに気付く。

ルーメンは聡明で思慮深い。尊敬する一方で、まるで見聞きしたかの如く詳しい説明をすることに対しヒストリアはその情報源はどこから来ているのかとも疑念の眼差しを向けた。気軽に聞いていいものか迷っているうちに、ルーメンは立ち上がってしまう。

そして食事を作ると言うのでヒストリアは興味を移し、もう一度「私も手伝うわ」と申し出た。

以前は断られたが以外にも今回は受け入れられた。

「そうだな……そろそろ料理を始めるか。君は呑み込みがいい、すぐ慣れるだろう」

買い被っているのか、調子の乗せるつもりなのか、いつもエリザベートより要領が悪いと嘲られていたヒストリアには聞きなれない言葉が返ってきて思わず顔が赤らむの感じた。

「……当然よ。私を誰だと思っているの?」

袖を捲りながらルーメンの後を続く。すると突然、ふわりと白いものが被せられた。

「なに……!?」

「料理をするならエプロンが要るだろう」

柔らかな布がワンピースを纏ったのだ。たったそれだけのことだったが、父から初めてドレスを贈られた時のように気持ちが浮き立つ。あの時は本当にわくわくしたものだ。

エプロンごときにと自嘲する気持ちも存在する一方で、ルーメンにまたひとつ認められたような気がして嬉しいという気持ちが膨らむのも認めざるを得ない。

「どうした?顔が赤いな、……熱でもあるか」

おもむろに額に手を当てられ顔を覗き込まれた。今までになく至近距離で視線が重なった。大きな掌からはルーメンの体温を感じ、むず痒いほどに真剣な眼差しからは離れられない。

そして次の瞬間、端正な唇が持ち上がる。


「知恵熱じゃないようだ」


温もりは離れてゆく。名残惜しむ視線を隠すようにヒストリアは胸の前で腕を組み、顔を背けた。

「なによ、知恵熱だと思ったの!?失礼ね!ちょっと熱くなっただけ。きっと色々話したからだわ」

「――さて、今の君に刃物を持たせるのは心配だからタマネギでも剥いてもらおう」

ルーメンはなにもなかったかのようにして野菜を詰めていた麻袋から次々取り出していく。

その様子にヒストリアは気付いた。揶揄われたのだ。

ルーメンは聡明で思慮深い、だが堅物ではない。こういった一面があるのだ。そしてその時は決まって感情の読み辛い理知的な顔にひとつ、ほんの些細な変化だが小さな笑みが口許へと乗せられる。

「ちょっと!聞いてる?というかタマネギなんて手応えないから、ちゃんと教えなさいよ」

その日の食事作りはいつもより賑やかだった。


炊事場では二人の背中が小さく揺れており、まるで窓の外の曇り空の中に一筋の晴れ間があるかのように穏やかな空間が存在していた。


――――数日後、ルーメンの家は無事に完成した。

施工が終わり、ルーメンはさっそく建てた家で小規模の宴会を開いた。雇人達に酒や肉が配られ皆がエールをあおる。ヒストリアはこの日のために覚えたシチューを作って彼らをもてなし、ルーメンから今は研究の助手をしていると彼らに紹介された。

ベリルが目を光らせているためか卑下た囃し立てもなく和やかに宴会は進む。ルーメンはヒストリアが一人にならないよう傍を離れることがないので、大人数の男達の中でも臆することなくその場に居ることができた。

その中でベリルはスプーンを口に運び、しばらく黙っていた。

それからもう一口食べ、ヒストリアと視線が合うとふっと笑う。

「よぉ、セシルちゃん。助手とはなかなかの立場を得たもんだ……罪人の女が作ったにしちゃ、ずいぶん真っ当な味だな」

冗談めかして言いながら、ベリルはヒストリアを冷えた目で見た。値踏みするような視線だったが、すぐにいつもの調子に戻る。

「なかなかやるじゃねぇか、料理が出来るとは意外だった」

「意外?失礼ね。彼に教えてもらったのよ……」

以前と比べれば平民と言葉を交わすことへの抵抗感は少なくなったが、相変わらずヒストリアからはそっけない言葉しか出てこない。

なにせヒストリアの対人関係はルーメンで止まっているのだ。家で家事をするか読書をして学ぶかのどちらかなのでルーメン以外の人間とまともに会話をすることがない。したい、という気持ちも湧かなかったが、しかし自立という目的を果たすのならいずれルーメンから村人との接触も促されるのだろうと頭のどこかで考える程度だったのだ。

そしておそらく、竣工祝いの宴はそのきっかけだ。ルーメンはヒストリアを助手として彼らに紹介した。この場にいるのは十人そこそこだが、彼らが村に戻れば『罪人の女』の旬な情報はたちまち広められるだろう。ここで心証を良くした方がいいと頭で分かっていたが、ヒストリアはまだルーメンに話すようにベリルへ返事をすることが出来ない。

「セシルは手先が器用だ。まだ包丁を持って日は浅いが指を怪我しないからな、注意力もあるということだろう。警戒心を持って取り組めるのはいい。俺の助手は優秀だ」

話を繋ぐつもりだったのか、流れるように横からヒストリアを褒める言葉が出てきたので、思わずルーメンを見上げ大きな声が出る。

「そういうのいいから!……まぁ、今はシチューぐらいしか作れないけど、他にも覚えるつもりよ」

するとベリルから快活な笑い声が上がった。おかげで肩の力が抜けヒストリアの表情も少し緩む。

「お勉強中か、それじゃ俺が新しく覚えた料理を味見してやるよ」

「なんであんたに?」

「感想は一人からもらうより二人からもらう方がいい。そして俺の腹も満たされる」

「料理が出来る人からもらうだけで結構よ」

「俺も多少は出来るぜ?それにお前の身の安全を保障しているからな、保証料と思えばいいだろ?」

「ルーメンに恩を売りたいんじゃなかったの?」

「ルーメンにはな。お前からは新作料理の提供を求める。いいだろ?セシルちゃん。この研究者の兄ちゃんはお前のナイトかもしれないが、実務的には”俺が”お前を守ってやってるんだ」

あぁいえばこういう、とはこのことだろうか。

ベリルの冗談めかした押し問答に笑みを湛えて応えるヒストリアにルーメンは口を挟むことなく静かに見守っていた。

「分かったわよ!覚えたら、ね。でもルーメンが先!一番よ。感想聞いたら、次があんたね」

ベリルが本気かどうかヒストリアの知るところではないが、これだけは譲らないと指をさして当然のように告げた。一人で出来るようになった料理はまずルーメンに食べてもらいたい。

子供のような発想かもしれないが一番最初に自分の成長を知って欲しいのはルーメンなのだ。


――――宴会も終わり、皆が帰ったルーメンの家は夜の静けさに包まれていた。

新築の家は天井が高い実験用の広い部屋と、食卓や炊事場などの水回り、そして応接間も存在し、それとは別に個室が二つある。辺鄙な場所になかなかに立派なものを建てたものだ。

わざわざ応接間まで用意したということは、ラキュウス辺境伯が訪れる可能性があるということなのだろうか。ルーメンが浪費することは想像つきがたく、ヒストリアは推理するかのように考えた。勉強をはじめ、ルーメンと本の内容について語る時間を持つようになってから連想する癖がついていたのだ。

木の香りが漂う新しいテーブルを拭きながら考えていると、ふとルーメンがヒストリアに声を掛けた。

「ベリルに言ってた料理だが……君は一番に俺に食べて欲しいのか?」

唐突な質問にヒストリアは確認してきた意図が分からないまま頷いた。

「そりゃそうよ。当たり前じゃない」

しかし暫く返事がないので「……変なこと言ったかしら?」と振り返る。

「…………いや。食事は俺にとっては特別なものだからな。君の言葉を聞いて、少しうれしくなっただけだ」

ルーメンは背を向け皿を拭いていたようで、年上のこの男が、今どんな表情をしているかは分からない。だが、意外な言葉が出てきてなぜかドクドクと心臓が高鳴るのを感じた。

濡れた布巾をぎゅっと握りしめる。

ルーメンにとって食事は特別だと、思い入れのある行為なのだと知ったヒストリアは、もっとこの人を知りたいと願っていた。


そして冤罪という自分の身に起きた悲劇をルーメンの助手という存在価値で慰められるかもしれないと考え始めてすらいた。

しかし、人生を変えた因縁は断ち切れるはずなどなかったのだ。

その頃、王都のフランドール邸ではある報告が上がっていた。


――追放された公爵令嬢が、まだ生きていると。


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