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辺境で生きるという選択

「へぇ、よく出てくる気になったもんだ」


その男が現れたのは、日差しが一番高い午後のことだった。

前回は扉越しで声を聞いただけで姿を見るのは初めてだったが、ルーメンと話す男のよく通る声に、あれがベリルだとヒストリアはすぐに気付いた。

資材の搬入日が正式に決まり届けられたこの日、賑やかな声と共に大きな荷台に乗った何枚もの木板や支柱となる木材が次々に下ろされてゆくのを、強い春風に煽られながらヒストリアは見ていた。

緩い癖のある銀髪が靡き、物珍しさからか運搬作業をする男達がちらちらとこちらに視線を向けてくるのが分かる。しかし直接声を掛けてくるものは一人としていなかった。

しばらくルーメンとベリルの二人が話し込んでいるのを見守っていると、二人は扉の前に立つヒストリアに向き直った。その姿を捉えたかと思えば、ベリルが近づいてきて言った。


「セシルだろ、俺はベリルだ。この前はうちのクズが悪かった。もう茶々入れさせねぇから安心しな」

ベリルは狡猾な笑みを口元に湛え、品定めするかの如くヒストリアを見遣った。

平民らしい茶色の髪を顎下まで伸ばし、それを片耳に掛け、頬にはヒストリアと似た火傷の痕のようなものがある。背丈はルーメンと殆ど変わらないがベリルの方がやや高い。

腕の太さや胸板の厚みと、吊り上がった大きな目に迫力があり、仮にルーメンが騎士なら、こちらは傭兵という表現が似合うだろうと考えた。

「……えぇ。そうしてちょうだい」

視線が煩わしく、神妙に眉根を寄せて答えるとベリルの大きな口が胡散臭さを霧散させた。

「はっ、……なるほどねぇ。巷じゃご落胤なんて噂があったが、その髪色なら生粋の貴族だったんだろ?まったく、よく出てこれたもんだぜ。気は強いみてぇだな」

どうやらヒストリアの銀髪を指しているようで、一瞬驚き目を瞠る。

貴族は様々な髪色が顕現するが、銀髪は純血の貴族にしか現れない色である。仮に先世に平民の血が混じっていれば、その一族に銀髪が出現することはない。おそらくベリルはその知識を持っていると考えられる。視線を逸らし押し黙っていると、ベリルはヒストリアに興味を失ったようでルーメンへと視線を向けた。


「にしてもだ。ラキュウス辺境伯もあんたも、わざわざこんな場所を選ぶなんざ物好きだな。おこぼれに預かれて光栄だが……瘴気の研究ってのはさぞかし価値があるんだろうな」

反応を伺うような目だった。ルーメンは研究の話をベリルにはある程度しているようで淀みなく答える。

「あぁ。成果が出ればこの国だけでなく世界規模で浄化作業の効率が上がる。成果が出ればの話だが」

淡々として必要以上を語らない姿は相変わらずだ。

聞けば答えてくれるがルーメンはあまり自分のことを話さない。何かを説明するうえで必要な情報は提供するが、やはりそこには感情が挟まれないのだ。

「そうか。んじゃまぁ、急ぎで取り掛かるとするか。特別料金を払ってもらった分は働くぜ、信用問題になるしな」

ベリルもそれ以上を詮索する気はないらしい。おもむろに運搬を終えた集団の元へと踵を返していった。


その去り際の言葉に引っ掛かりヒストリアは勢いよくルーメンを見上げた。

まさかそんなことはないと考えたが、一瞬過った妄想を確かめずにはいられなかったのだ。

思えばルーメンの類まれなる行動力はともかく、実行するには必要なものがある。

「ねぇ、ちょっと!特別料金って、資金はあるの?というかまさかお金まで作ってるとか、その、あんたの……」

言い淀んでしまうのは世話になっておいて、今さら非難めいた妄想をしたことに対しばつが悪いという考えがあったからだ。するとルーメンは軽く鼻で笑ったあと、動物を宥めるかの如く「落ち着け」と柔らかな声音で告げた。

「偽造なんてするわけないだろう。真っ当な金だ。隠す事でもないから言うが、ラキュウス辺境伯から出資してもらっている」

出資と聞いて安堵し肩を下ろしたものの、意外な人物の名が飛び出し困惑は隠せない。

「……、どういうこと?魔法使いは忌諱されているんでしょう?正体を隠して近づいたの?」

魔法使いは忌諱されていて、だから王宮の断罪の場でもヒストリアが魔法使いの色を示す髪色を発言した時ざわついたのだと考えれば、ラキュウス辺境伯も同様の警戒を示すものではないのだろうか。矢継ぎ早に問いを放つがルーメンは相変わらずだ。

ヒストリアを見下ろす視線は静かだった。

「あの人は他と違う。この国にある”聖女の力を測る装置”はラキュウス辺境伯が普及させたものだ」

その言葉にぴんとこないヒストリアに対しルーメンは続けた。

「シルドバーニュの神殿にある聖女の力を測る装置、それが普及するまで、聖女の力を確かめるため集められた子女は結界の外へ連れ出されていた。それがいかに危険か分かるか?ラキュウス辺境伯は聖女の選定の儀で犠牲者が出ないようにするために装置を作ったんだ」

ヒストリアの世代は当たり前に神殿で聖力の測定を行っていたが、ラキュウス辺境伯の時代は違ったらしい。

確かに、結界の外に出て祈りの歌を捧げることで聖力の有無から、その効力を測ったという一説があったかもしれない。遠い記憶の歴史の授業を思い出そうとしたがうろ覚えで、ルーメンの説明にはある種の新鮮さすら覚えた。

だがそれにしても、ヒストリアは考えを巡らせた。本当の話ならラキュウス辺境伯は英雄ではないのだろうか。脳裏に落ちる疑問に視線を彷徨わせ、無意識に言葉が溢れる。

「……なぜ変人なんて噂が……」

「彼の最終目的は異界の門を閉じることだ。そんなこと出来やしないと誰もが無謀と考えているが、彼は諦めていない。無論、俺もだ」

ルーメンは真剣な眼差しをしていた。そこには一切の揺らぎがない、強い決意を秘めている。

たしかにこれは無謀な妄言と一蹴されてしまうかもしれない。

「一度の成功で門を閉じるなどと豪語するのは驕りだと気を悪くする者もいた。恐ろしいことを考えていると糾弾する者も。まぁ、生まれてから当然のように存在していた環境を変えようなど、何が起きるか計り知れないからな」

ヒストリアはラキュウス辺境伯が変人呼ばわりされている一端が少しだけ分かった気がした。

この地に来る前のヒストリアなら、きっと彼らと同じように鼻で笑っていたことだろう。不可能に挑む気心を立派に思う一方で、どうしてそこまで確信できるのか理解ができないのは、むしろ当たり前の感覚のようにも思う。

変化を恐れる気持ちをよく知っていたヒストリアだったが、しかし、彼らの高潔な志に羨望の眼差しを送った。

「諦めなければ達成できると考えている。進んでさえいれば辿り着けない目的地などない。現にラキュウス辺境伯は測定装置を生み出し広めた。次は浄化の効率化だ。聖女の負担を減らすためのものだが、これらはすべて異界の門を閉じるために必要なことだ」

「意味があるのね」

「あぁ。辿らなければ得られない気付きというのがある。人は目的に対し一直線に進むことを選ぶが、活路は意外とその道じゃないことが多い」


言われてヒストリアは己の人生を重ねた。たった十八年、まだやり直せるかもしれないのだろうか。辿らなければ得られない気付きがあるというのなら、ヒストリアが生きてきた十八年はその一過程に過ぎないと、そう当て嵌めてもいいのか。

捏造された罪の断罪劇に至るまで、ヒストリアは自分をそこへ至らしめる可能性のあった出来事をいくつも見逃し、そして自身のおかれた状況に文句を言って他人を頼るしか能がなく、自分自身を変えようなどと思いもしなかった。

『少しは自らで解決する姿勢を示してもらいたい』

ベルナルド王子の言葉が蘇る。

あの時は、問題を解決するために進言しているのにと不貞腐れていたが、ベルナルド王子が求めていたのはきっとヒストリア自身の問題への向き合い方だったのだろう。

「私は早くから諦めていたわ……」

一つの結論を、小さく呟いた。それはルーメンへの言葉ではなく、未熟だった自身を理解するためのものだった。煩わしく吹き抜ける春風は、どこかすがすがしい。

「あなたも、ラキュウス辺境伯も、瘴気の問題を解決したい同志なのね……」

「あぁ。俺は異界の門を閉じるには聖女にヒントがあると考えている。だから君との出会いは運命だと思った」

出会った時に言われた同じ言葉にヒストリアは眉尻を下げて見つめた。

ルーメンの紡ぐ言葉は偽りがない。

「……私は何をすればいい?」


――――役割り与えられたいと考えたその日、ヒストリアに降ってきたのは肩透かしとなる台詞だった。ヒストリアのやる気を感じ取られたのかルーメンに屋内へ入るよう促され、無駄のない美しい所作で食卓用の椅子を引かれ着座を勧められた。

そこまでは良かったのだが、大木の移動の掛け声やベリルが指示を出す活気のある音を拾いながら神妙な面持ちで言われた言葉が問題だったのだ。

「まずは読書だ。本を読んでくれ」

「……え、なんて?」

ヒストリアは思わず訊き返した。もっと聖女の力を必要とされるのかと期待していたのだ。

与えられた役割は遠回りのように思えた。

せっかく助手としてのやる気が沸きはじめたタイミングで読書を勧められるとは誰が想像しただろうか。そんな感情から出た短い言葉をルーメンが見逃すはずがなく、滲む不満を窘めるかのごとく言う。

「聖女と瘴気について理解を深めてもらう。ベリルと工期を算出したが、研究所となる家が立つまで最短で二週間だ。人手を増やして料金を上乗せしたぶん早いだろうが、あくまで二週間は理想だ。実際は天候にかなり左右されるから三週間とみてもいいだろう。君の勉強には都合がいいと思わないか?」

時間があるから知識をつけろという言い分は理にかなっているが、やはりまだ不満は残る。

自分で出来ることが増えてきたヒストリアには妙に物足りなかったのだ。

「……それだけ?」

「食事は俺が作るが、それ以外の自分の身の回りのことをして勉強をするんだ。十分忙しいだろう」

「じゃあ、あなたは?」

「俺は当然、建築作業に参加する。君はさっき”それだけ?”と聞いたが、どのぐらいの冊数を想像した?」

「……えぇと。ニ、三冊ってところかしら……」そこまで言ったところで、ルーメンから息を吐き出すかのような薄い笑みが漏れた。

「俺が君に読ませたい本はそんな数冊どころじゃない」

ローブに手を入れ何か取り出す。

魔法で圧縮していた本だろうかと考えながら眺めていれば、小銭を積み上げたかのように置いたものにルーメンが囁き、途端にテーブルを埋めるかの如く本の山が出来上がった。

「どうだ。これでも物足りないか?」


魔法で圧縮されていた本の量は確かにヒストリアの想像をはるかに超えていた。

「一言一句記憶するつもりで読むんだ。聖書から始めるといい」

そう言い残しルーメンは作業に戻っていく。一人きりになり溜息を零した。

あんなにやる気が出ていたが、少し億劫な気持ちにもなったのだ。だが去り際にルーメンは先人の知恵とも捉えられる助言も残していたことを思い出す。

「慣れだ。繰り返すと文字を追うことに慣れてくる。そして一度読むより二度、三度と繰り返していくと人の記憶に残りやすい。じっくり一度読むより複数回さらっと読む方がいい。出来るなら声に出すことも勧めておく」

ヒストリアはこれまでさぼり癖がついていたため、まともに本を読んだことがない。覚えている内容は口うるさく履修確認をされた箇所が殆どで、今となっては正確に覚えているという自信すらなかった。という程に本に対する苦手意識、というよりも勉強そのものに身構えるものがあったが、しかし今はやるしかない。

なにせルーメンの言葉に感化されてやる気がでたのだから、自ら申し出た手前、今さらできないなど弱音を吐けば助手という立場も失いかねないのだ。

ひとまずやってみようと一冊を手に取る。

聖書は分厚いが、これならルーメンから得た話と照らし合わせながら興味を持って読むことができそうだった。もしかするとヒストリアが読み飛ばしていただけで魔法使いのことも載っているかもしれない。見慣れた装丁をなぞり、羊皮紙をめくった。


日が傾いてきたころ、ルーメンはヒストリアの元へ戻ってきた。夕食を共にとるためだ。

解散したあとの僻地の一軒家は物静かな雰囲気を取り戻しており、日差しを受ける日除けの布は赤く染まっている。ルーメンはいつものように調理場に立っていた。

慣れた手つきで無駄のない動きで調理する姿はルーメンの性格を反映しているかのようで、改めてみると面白い。書籍を手に出来上がるのを待って、ヒストリアは完成した料理を口にしながら今日読み進めた内容を報告する。

ルーメンと別れ、本を開いた後は意外とやる気が続き、数冊に渡って読み通すことが出来たのだ。さらっと読んでいいという助言は幾分か身構える気持ちを削いでいたようで、さらに声に出してみたのが良かった。発音すると意外にも面白く、集中できて気分も晴れた。家庭教師や学院では音読は詩を朗読するぐらいで学ぶために読むという習慣はないので新鮮である。

聖書にしても魔法使いの存在はルーメンの言う通り”厄災を呼ぶもの”として書かれており、民衆が一般的に忌諱するというのは聖書の表現に由来するものとも改めて理解した。

その日に学んだことを話すヒストリアを、ルーメンは相槌を入れたり、時折独自の見解を混ぜながら肯定的に聞いてくれる。

本の話をする相手をはじめて持ったヒストリアは、新たな扉をまた開いた気がした。

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